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思えば、その場に現れたクラティナに早々違和感は覚えていた。
背を伸ばし立ち、腹から声を出し、堂々と騎士達の前で顔を上げる彼女はまさしく大人数を纏める団長そのもので。それともう一つ、奇妙なことに近くに立つ第一騎士団長に全く目もくれないのだ。
ルークの知っているクラティナとは、自身が纏める騎士達よりも第一騎士団長を優先し、馴れ合わず仕事もせずいつも何かに怯えている様な、情けない女だった。本来剣を握るべき利き手にいつも櫛を持っているような、そんな。
___それが、一日でこうも別人になると?
至近距離で初めてまともに目が合ったが、なぜ今まで俯いていたんだと言う程、綺麗な顔をしていた。少し伸びた前髪で分かりにくいが瞳はつぶらで大きく、凛とした何かに引き込まれるような、独特の雰囲気がある。
それに、気付かなかったが案外背が高い。益々クラティナという存在が不可解になっていく様な、目の前の人間が初めて会ったみたいに感じられて、怯む。
それでも、こんなお飾り団長に自分が負ける訳がない。
心の中で嘲りに似た笑みを零しながら、頑なにクラティナそのものを否定する。___こんな女に、俺が振り回されるかよ。
……そう思っていたのに、対峙した一人の華奢な女は、気付けばルークの喉元に剣先を突き立てていた。一瞬の空白の後、静かにイカサマだと呟く奴が居たが、実際に手合わせしてみた自分ならばこれは圧倒的な実力差なのだと正しく理解出来る。理解出来たからこそ、騒ぎ立てることもなく、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
一度の鍔迫り合いで分かる。彼女は立派な武人だ。
自分の攻撃を軽く受け流され、あまつさえフェイントをかけながらこちらに踏み込んでくる姿に、目を奪われなかったと言えば嘘になる。
なんなんだ、こいつ。
ルークは簡単に他人を受け入れるタイプではない。
それなのに、得体が知れなさすぎて、この女に近付きたくなる。
頭の奥を強く揺さぶられる感覚に、どうしたらいいのか戸惑いながらも、手際よく自身の左腕を手当してくれる細い腕を何か心地よく感じた。
負けて、頭がおかしくなったのだろうか。
『今晩私を好きにしていい。殴るなり、犯すなり』
次こそクラティナに勝てば、教えてくれるだろうか。
一夜にして何故こんなにも人が変わったのか。
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