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手当てが終わり、とめどなく注がれる視線を振り切るように肩を叩く。
「さ、行ってこい」
正直今までの事を色々突っ込まれたら上手く躱す自信が無い。それに、この男は人の嘘や誤魔化しに敏感そうだ。先程はああ煽ったが、ルークが聡明で頭がキレる奴なのは分かっている。だからこそ今はあまり傍に置きたくない。わざと目を逸らしてもまだ何か言いたそうな雰囲気を感じとったが、思い切り気付かないフリを決め込む。やがて諦めたのか、第二の輪の中に戻って行ったが、その足取りはどこか重かった。
「ふぅ…」
とりあえず、どうにかはなった……か。
この先不安な事だらけだが、一先ずこのよく分からない状況は突破出来そうだ。目覚めてみたら皇宮騎士だったなんて…全く、悪い夢すぎる。
暫くその場に尻を着きぼうっと訓練の様子を眺めていれば、心配そうな表情を浮かべたアレンがしゃがみ込み目を合わせてきた。
「…団長……」
「なんだ?」
「………」
この男もこの男で、色々と面倒臭そうだな。
「大丈夫…ですか」
「何がだ」
「その、お身体もそうですし…記憶も曖昧なのに」
「大丈夫だから構うな」
心配してくれるのは有難いが、ぼろが出そうなのでやめてくれ。
まあ、アレンに対しては記憶喪失を宣言しているので多少の誤魔化しは利くのだが。
「団長」
「だからなんだ」
「もう二度と、あんな事は言わないで下さい」
あんな事____ああ、「殴るなり犯すなり」云々、か。
「約束は出来ない」
「っ、何故___」
「別にいいだろう、私の勝手だ。それとも何だ、私はお前と恋人関係にでもあったのか?」
まず無いだろうとは思ったが、この手のタイプは少しからかいたくなってしまう。予想通りアレンは少し頬を染め、一瞬俯いた後静かに首を振る。
「なら」
「で、ですが」
「____ぁ……けっこん、した…く、て……」
____はっ?
「………」
「………」
小さく呟かれたその言葉は、聞き間違いだったのだろうか。
「すみません、忘れて下さい」
ふいっと顔を逸らしたアレンは茹でダコの様に燃え上がっていて、視線は不規則に揺れている。クラティナはといえば、頭の片隅は冷静でも何か気の利いた事も言えないまま、目の前の様子の可笑しな美形を見つめるだけ。やがてアレンは立ち上がり、顔を見ぬまま綺麗に一礼しぎくしゃくした足取りで戻って行った。
「結婚………?」
確かに、そう言ったよな。まさか美帆に惚れていたのか。
ああ、駄目だ、謎は深まるばかりである。
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