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部屋に戻ると言って帰って行ったクラティナの後ろ姿を見送って、その場で立ち尽くすようにぼうっと空を見上げた。吹き抜けの建物を繋ぐ通路には煌々と紺色の中に溶けた光が瞬いている。空なんて見て詩的な感覚を得るタイプなんかじゃ無かったのに、何故だろうか、今だけは何かがすっきりと清々しい気分だ。
___あの一太刀は、間違いなくあの頃のクラティナで見たものであった。
幼げながら凛とした瞳で相手を見据え、冷静に斬り掛かる。危なげなく剣を振るうその洗練された動きと年齢のアンバランスさに目が離せなくなって、大人びた態度に自分もああなりたいと胸を焦がれた。
アレンが間違っていたのだ。実際に接したクラティナはギャップがありすぎてガッカリしたものだが、今日の試合を見るに確かに彼女そのものだった。そう、多少、第一騎士団長に気を取られすぎていただけであって、クラティナは変わっていなかったのだ。多少恋に心を傾けすぎただけであって。多少熱を持って男を追いかけてしまっていただけであって、そうだ、きっと。
「はぁ……」
………嬉しい。
本当に自分が憧れた彼女なのかと疑い続けていたが、そんな疑問すら抱いてはいけなかった。今思えばなんておこがましいんだ。自分なんかが彼女の心中を慮っていいものか。きっとあのストーカー紛いの行動さえ何かの計算だったのだ。…いや、あの執着ぶりはそうと言い切れないかもしれないが……。
それにあの手のひらを返した無関心さは、もうオスカーのことはどうでも良くなったのかもしれない。大袈裟には喜べないが、クラティナの記憶喪失はアレンにとって都合が良すぎる。これを機に元に戻ってくれたなら。
ふわふわした足取りで歩いていると、向かいから大柄な男が歩いてくる。遠目でも雰囲気で分かるその風格に、すれ違う前アレンはひとつ会釈をし、そのまま通り過ぎようとした。
「___何だ、アレは」
すれ違いざまにかけられた声に足を止める。
アレ、という言葉に頭の片隅がすうっと冷静になったが、表情には出さず硬い声で返す。
「団長の事でしょうか」
「それ以外に何がある?」
眉間に深く刻まれた皺に、今まで彼女にどれだけ悩まされたかが伺える。しかしアレンから言わせて貰えればそれは大変光栄な悩みなのだが。
あのストーカーぶりを目の当たりにしてきた身としては、この男は完全なる被害者であり、嫌味な態度をとってしまうのも十分に理解が出来る。
「お前が見張っていろ。ハルデンベルク」
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