戻ってきた剣の女神

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初めて知らない世界へ迷い込んだのは、十五歳の頃だった。いつもと変わりなく眠りにつき目を覚ませば、そこは全く見覚えのない場所だった訳である。不可解な事にあちらの世界__日本では、剣も無く、王も居らず、戦争もない、まさしく平和で何もかもがクラティナの価値観とは違う正真正銘の別世界であった。 クラティナが憑依したといえる人間は、桐沢美帆という少しやんちゃな女の子だった。人となりを知っている訳では無いが、接する人間全員が「人が変わった様だ」と口を揃えて言うものだから、何となく人物像は掴めている。様ではなく実際に変わった等とは口が裂けても訴えられなかったが。 とにかく、日本の新しい生活や常識についていくのに手一杯だったクラティナが上手く桐沢美帆に成りすます、なんて事は不可能に近かった。 なにせ法律も街の外観も何もかもが違う。 気に入らない人間に決闘を申し込む事も剣で痛めつけることも出来ないのだ。なにしろ剣を所持してはいけないらしい! あとは、言葉。これにはかなり苦戦した。 「みほ〜、今日カラオケ行かない?」 「あれバイトじゃなかったっけ?」 「ふふん。サボってしまいました」 「うわ、やばー。また飛ぶじゃんそれー」 「もう飛ばないもん!真面目にやるから!」 ___とまあ、意味が分からないのである。 スマホなる便利な箱で毎日意味を調べ、予習復習したところで無限に知らない単語が友人たちの口から出てくる。かなり精神を追いつめられたものの、持ち前の適応力と努力、時間によってクラティナはなんとか桐沢美帆として差し障りのない人生を送れるようになっていたのだ。 桐沢美帆は、十五歳の華奢な少女だった。 少しカールのかかった栗色の髪の毛に、ぱっちりした目。綺麗な白い肌、怪我ひとつないすらりと伸びた手足。身長は160センチ前後だっただろうか。部屋は白とピンクの物で埋め尽くされ、勉強机の上にお気に入りのぬいぐるみを乗せる、そんな女の子。 家族構成は父、母、弟。付け加えるのならば優しい父とおっとりした母、可愛らしい弟。一軒家に住んでいるあたり生活や仕事は上手くいっており、かつ余裕もある…そんな幸せな家庭だった。 思わず愛着が湧いてしまうほど、一夜にして別人と化した娘を優しく支え、疑わず、丁寧に接してくれる。狼狽えるクラティナが戸惑い変な道に逸れなかったのも、家族の影響が大きいだろう。 何もかも、初めてだったのだ。こんなに平穏で温かい生活は。
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