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軽く走り込んで身体を動かせば頭の中もスッキリと整理されていくようで気持ちがいい。朝の光に照らされて澄み切った空気を肺いっぱいに取り込めば、自然と自分の置かれたおかしな状況もほんの少し忘れることが出来た。
流石、鍛えているだけあってクラティナが勝手に決めた軽い運動メニューもアレンは軽々と隣でこなしていく。寧ろ体力的にしんどいのはクラティナの方で、たったこれだけでもう息が苦しくなるのかと自分の身体ながら驚いた。走り込みを終え、膝を曲げ屈伸したところで小さく腹がくぅ…と音を立てる。
「食堂はまだ開いていない筈ですが、頼めば何かしらは食べられるかと」
爽やかに額の汗を手の甲で拭くアレンを見上げ、少し勿体ないなと思う。こんなにも美丈夫なのに、きっと女性からのお誘いやアプローチ云々は「騎士だから」「まだ半人前なので」と断ってしまうのだろう。
「…いつも何と言って断っているんだ?」
「えっ?」
「誘われるだろう?女性から食事の一つや二つ」
「え…っ、あ………い、え」
突然の質問に何を慌てているのかあたふたと両手を振り目線を泳がせる。クラティナ的には、かっこいいだけでなく可愛らしい部分も持ち合わせたこの男はかなり最強なのではないかと評価しているのだが。
「話しかけられる事なんて無いですよ。私よりもっと素敵な男性は皇宮に沢山いらっしゃいますし…」
なるほど。これはあれか。高嶺の花すぎて逆にのパターンか。
手を出さない代わりに皆が皆の物として目の保養にする…そんな扱いを受けている学生が、クラティナの通っていた学校にもちらほら居た。
もしくはとんでもない鈍感かの二択だな。
「ふむ。そうか」
「だっ…団長は何かお断りの常套句をお持ちで…?」
「私?断らないよ、基本」
「え…えっ!?断らな……っ!?え!?」
そう、クラティナは時間があれば友人達に誘われるがまま学校帰りのファストフード店に付き合っていた。疲れきった後に食べるあのチープな味が堪らなかったな。
しかしこちらの世界のお貴族様の中では男性が女性を外出や食事に誘い、それを受ければ真剣に貴方の事を考えています、との意味になる。これにより何かに誘う行為は明確なアプローチとして捉えられるので、そう頻繁にはそこかしこで起こらないのだ。そしてその暗黙のルールのようなものがあるせいで今アレンは目を白黒させさっさと食堂へ歩いていくクラティナの背中をおろおろ見つめている。
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