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「まだ開いてないよー」
食堂の扉を開ければ、厨房から野太い女性の声が飛んできた。軽く見回してみると、大きなテーブルが幾つも連なるかなり大きい空間である事が分かる。カウンターには乾かしている途中だろうか皿が布の上に並べられ、その数が普段の忙しさを物語っていた。物珍しくきょろきょろしていると先程の声の主が奥から姿を現し、クラティナの姿を一目見て「おっ、第二の団長さんじゃないか」と大きな笑顔を浮かべる。
恰幅の良い女性だ。所謂オカンというやつだろうか。
「すまない、早くから押しかけてしまって。何か軽く食べられるものを頂けると有難い」
「ええ、まあそれは良いんだけど…雰囲気変わったかい?なんだか別人みたいに見えるねえ」
流石にこの一言には瞠目した。なんて鋭いのだろう。
「ハリさん、私にも何か…」
「おっ!ハルデンベルク様もご一緒かい!ああ今日も美しいお顔してるねえ!何食べて過ごせばそうなれるんだい?うちのクソッタレ旦那にも教えてやってくれよぉ」
「それは、はは…」
恐らくクラティナの記憶喪失の件を有耶無耶にすべく話に割って入ってきてくれたのだろうが、マシンガントークの矛先はアレンに向いてしまった。朝から大きな声でガハハと笑い飛ばすこの女性はハリというらしい。個人的にはとても好きなタイプだ。話していて楽しいし、何より食堂の主となれば色々な情報が入ってくるだろう。すぐにでも仲を深めておきたいところだが、まあそれはまたいずれ。
「今日も頑張るんだよ!」
大きな激励と共に沢山のパンを手渡され、有難く受け取って腹に収める。アレンは冗談の類を上手く受け流せない真面目人間なので、あの手のタイプとは合わない、か。
「___おお、見上げた根性だな」
まだ集合時間より早いというのに、第二の騎士達は訓練場に自主的に集まり身体を動かしていた。アレンと共に姿を見せたクラティナに、また彼らも驚き穴が開くほどこちらを凝視している。
「やはり少し重いな」
その視線を受け止め落ちていた剣を手に感触を確かめれば、手のひらにずしりとした重さがのしかかって来た。だがかつては慣れていたこの感覚が、ひどく心地良い。軽く振って髪を括り直せば、何かを勘づいたのかアレンが些か不安そうな顔でクラティナを伺う。
「だ、団長…?」
その瞳の奥に垣間見える「何をする気だ」と言わんばかりの色ににっこりと笑ってみせて、騎士達の顔を見据え挑発的に言った。
「全員、一人ずつかかってこい。叩き潰してやろう」
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