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この世界の人間の根底に、男は逞しくあるべき、女は淑やかであるべきという些か凝り固まった共通認識が存在する。クラティナも普通に過ごしていたら自然とそう思っていたのだろうが(但し自分は淑やかでは無い)、如何せんあちらの世界のフリーダムさを経験してしまえばそんなもの、鼻で笑い飛ばしてやりたくなる。良い意味で安定した、変わらない感覚を持つこの世界の住人は悪く言えば閉鎖的で、常識から外れた人間に容赦がない。勿論悪気は無いのだ、生まれ育ってずっと刷り込まれてきた概念のようなものが誰しもにあるだけの話であって。
そして、男は女よりも強くなくてはいけない。
女は守られるべき弱きものであり、また慈しまなければならない。
特に騎士たるもの女に負けていたら末代まで笑いものにされる___まあ、そう思っているだろうな、全員。
「…ふぅ」
綺麗さっぱり全員打ちのめしたところで、クラティナは今更ながら彼らが対戦前思っていたであろう心の声を想像して、地面に倒れ伏している大きな男達を見下ろして笑う。誰もが息を切らし呆然としているが、ルークとの試合を見たはいいもののまさか自分が負けるとは考えてもみなかったのだろう。分かりやすい面々に寧ろ好感が持てて、若干汗が浮いた額を手の甲で拭いひとりひとりに声をかけていく。
「腕の振りが大きすぎる。攻撃も直線的で単調だ。ただ力はある、あとはテクニックを磨けば怖いものは無い」
「動きに若干クセがあるな。恐らく初めから教わっていたものが少しズレていたんだろう。矯正は時間がかかるが落とし込めばもっと強くなれるぞ」
「先を読む力が長けているな。ただ実力が一歩及ばず…ってところか。努力すれば誰しも一定まで強くはなれるがその力はセンスだ。誰もが生まれ持ったものじゃない。誇れ」
初めは攻撃的であったり反発を見せる者も居たが、クラティナが真摯に接していることが伝わり、徐々に騎士達は素直に言葉を受け止めていく。身振り手振りも混じえ助言をすれば段々と質問の声も多くなっていき、気付けば訓練開始の時間はとっくに過ぎていたものの、場の賑やかさが静まることはなかった。
「こう踏み込まれてきたらどう切り返すべきですか?」
「どうして今まで実力を隠していたんですか?」
「どうすればそんなに強くなれますか?」
クラティナ一人では捌ききれなくなった時、アレンに助けを求める視線を寄越す。しかし返ってきたのは、静かな、それでいて真剣な一言だった。
「___団長。私とも一戦願えませんでしょうか」
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