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さて、どうしよう。どちら様ですかと聞きたいものだが、頭がおかしくなったと説明しても笑い飛ばしてくれるほどの関係値がこの男とは築かれているのであろうか。いや、その可能性は低いな、恐らく。
ちらっと服装を確認したが、きっちり着込まれた白い隊服は自身の部屋にかかっていたものと同じ。少し違う部分もあった気がするが、片腕と胸辺りに刻まれた豪勢なブローチの紋章にこれまた嫌な予感がする。
いや…ええ、まさか……?まさかな…。
「あの、団長」
………団長。団長?団長だと?私が?
ひとつ手がかりを得たのは良いものの、目が飛び出しそうな勢いだった。なんだ、桐沢美帆は一体クラティナの身体で何をやらかしたのだ。
「もうお時間がありませんが」
なるほど、時間が無いらしい。
クラティナはとりあえず目の前の男を見つめてみる。
整った顔が段々と困惑を滲ませる様は見ていて興味深いものがあるが、今はそうからかってもいられない。向こうから見れば可笑しいのはクラティナの方なのだから。
「私はどうすればいい」
「……は」
「だから、私はどうすればいいんだ?」
いよいよ男の眉根が極限まで寄った。もういい、軽く情報収集する事にしようか。
「君は誰だ?」
「…………………………アレン・ハルデンベルク、ハルデンベルク侯爵家の次男…です」
ハルデンベルク。なるほど、聞いたことがあると思ったらいいとこのお坊ちゃんだったか。
「よし、アレン」
「うあ」
……………………ん?
「な、何。なんだ」
「…その………名前、で…呼んで下さるん…だなあ、と」
ああ、確かに。ダメだ、こちとら異世界帰りなのだから多少の常識のズレは見逃して欲しい。未婚の男性を名前で気軽に呼び捨てなんて、昔のクラティナなら信じられなかったのに。
「悪い、ちょっと…その、色々あってな。改める」
「いえ!そのまま…そのままで、構いません」
「………そうか」
「はい」
……なんだ。何なんだこの微妙にむず痒い空気は!
目の前の男__アレンは少し俯きがちにクラティナの姿を見ないようにしてくれているが、その眉は先程より緩く下がり頬が紅潮している様に見受けられる。まさか、美帆と恋人だったりしたのだろうか。いや、しかしクラティナから見た美帆が好きな男性像は、強く、格好よく、漢気に溢れたあちらの世界では到底見つかりそうにない筋肉質の男では無かっただろうか。理想が高すぎるせいで男女の付き合いからは無縁だった筈。
「こほん。………アレン、少し聞いてもいいだろうか」
「はい」
「ここは何処だ?」
「はい…?」
…まあ、そうなるのも、分かる。
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