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9.
帰宅した零に安堵を浮かべた三奈の顔は、ありえないが一晩で老けこんだように見えた。世間的にはおじさんと呼ばれる年齢の息子でも、突然出ていけばやはり心配だったのか。
仕事中はシンプルなシャツとパンツ、休みの日にはカットソーとデニム。着飾った姿などほぼ記憶にないが、凛とした美しい母親は零の自慢だ。自分があまり母親に似ていないと感じる瞬間は寂しかったが。鏡の中にいる自分は髪も目もほぼ黒色なのに、同級生のそれとは少し違って見えた。その理由も、きっと今夜わかるのだろう。
「ご飯、できてるけどどうする?」
言われてみれば、いい匂いがしている。自分も疲れているはずなのに、零が帰宅するといつも三奈はこんなふうに迎えてくれる。支度が間に合わなくて買ってきた惣菜が並んでも、そんなことに腹がたつはずもなかった。
「うん……。腹はへってるんだけど、今は味わえそうにないな。先に話したい。いい?」
三奈の表情が引き締まる。緊張をほぐすように二人分のアイスコーヒーを淹れて向かいあった。
「まず謝らせてほしいの。あなたのお父さんはちゃんと生きてる。伝えなかったのは私の意地だった。許せないだろうけど、ほんとうにごめんなさい」
下げられた頭に数本の白髪をみつけた。35年間という時間を突きつけられた気がしたが、零は落ちついていた。
「わかった。そのかわり俺が納得いくまで、都合の悪いことも全部聞かせてほしい」
零の言葉に肯いて三奈が口をひらいた。
その告白に、零は怒っていいのか悲しむべきなのかわからなくなった。
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