9.

1/1

29人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

9.

 帰宅した零に安堵を浮かべた三奈の顔は、ありえないが一晩で老けこんだように見えた。世間的にはおじさんと呼ばれる年齢の息子でも、突然出ていけばやはり心配だったのか。  仕事中はシンプルなシャツとパンツ、休みの日にはカットソーとデニム。着飾った姿などほぼ記憶にないが、凛とした美しい母親は零の自慢だ。自分があまり母親に似ていないと感じる瞬間は寂しかったが。鏡の中にいる自分は髪も目もほぼ黒色なのに、同級生のそれとは少し違って見えた。その理由も、きっと今夜わかるのだろう。 「ご飯、できてるけどどうする?」  言われてみれば、いい匂いがしている。自分も疲れているはずなのに、零が帰宅するといつも三奈はこんなふうに迎えてくれる。支度が間に合わなくて買ってきた惣菜が並んでも、そんなことに腹がたつはずもなかった。 「うん……。腹はへってるんだけど、今は味わえそうにないな。先に話したい。いい?」  三奈の表情が引き締まる。緊張をほぐすように二人分のアイスコーヒーを淹れて向かいあった。 「まず謝らせてほしいの。あなたのお父さんはちゃんと生きてる。伝えなかったのは私の意地だった。許せないだろうけど、ほんとうにごめんなさい」  下げられた頭に数本の白髪をみつけた。35年間という時間を突きつけられた気がしたが、零は落ちついていた。 「わかった。そのかわり俺が納得いくまで、都合の悪いことも全部聞かせてほしい」  零の言葉に肯いて三奈が口をひらいた。  その告白に、零は怒っていいのか悲しむべきなのかわからなくなった。  
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加