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ともあれ…どうしたものか。
デスク上の問診表へと、目を落としたまま…私はなお、言葉を探し当てられずにいる。
何度、見直してみても…それに書き込まれている文字列は、几帳面そのもの、といった印象。
少なくとも…そう、いたずらや、冗談の気配などは…。
私は…また、正面へと視線を。
そこには、まだ年若く、整った顔立ちの…一人の女性の姿がある。
…ただ。
その眉根は歪み、その頬はわずかに紅潮し…その表情には要するに、辛そうな雰囲気がある。
…無理も無いこと。
彼女は今、患者として…医師である私の前に居るのだから。
「いえ…あの、もう一度… 伺っておきたいのですが」
無言の間を、取り繕いたくもあり…私は呼びかけている。
「あの…はい、…何でしょうか…?」
と…奇妙なクランケは、切なげに、しかし…慎ましい口調で。
「つまり、その…16世紀の、ヴェネツィアの辺りが、痛むのですよね?」
と…私は再度、その異様な質問を。
「…はい、そうです、…そのように、お話、しています、…ずっと」
…そう。
彼女は…はじめから、そう主張している。
こちらを見据えている、その瞳には…やはり、悪ふざけの気配などは…。
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