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恋せよ乙女と夏が言う
『へえ、すっげえじゃん、良かったな桜!夏休み明けたら見せてくれよ、カード!』
LINEに表示されたのは、ウキウキが見て取れるそんな文章。そして、小躍りしているパンダのスタンプ。
私の幼馴染である、樹希のお気に入りだった。彼は幼稚園の時からパンダに恋をしていると明言している。上野動物園で初めてパンダを見て以来虜になってしまったらしい。なんといっても子供の頃“将来の夢はパンダに抱き着くことです、願わくばそのまま食われたいです”と作文に書いて、先生にドン引きされた男だ。
そのパンダ愛は、どうやら高校一年生になった今でもまったく衰えていないと見える。LINEで、あるいは学校で、数日に一度はパンダの話をしているからだ。最近はそこに、とある流行のトレーディングカードゲームの話題が加わるようになったが。
――……上野動物園かあ。部活で忙しいみたいだけど、本当は行きたいんだろうなあ、あいつも。
ちらり、とリビングの食卓の上に置かれた卓上カレンダーを見た。
夏に動物園に行くのは少々無謀だ。最近は、少し屋外にいるだけで熱中症になりそうなほど暑いから尚更に。
しかし秋になったらどうだろうか、と思う。樹希も夏の大会が終わって、少しは時間ができるのではなかろうか。
誘ってみようか、どうしようか。
いや、もう何度も行っているだろう上野動物園に誘われても、彼は楽しめないのではなかろうか。
そんなことを考え続けて、なんだかんだ一年くらいが過ぎてしまっている気がする。
「はあああああああああああああああああああああああああああああ!」
「!?」
朝食のお椀とお箸を片付けようとしたその時だ。すぐ隣から、盛大なため息が聞こえてきたのだった。いや、ため息というには少々デカすぎるし派手すぎるが。
「……どうしたんだよ、杏」
小学五年生の妹の杏である。彼女はご飯の片付けもせず、机に突っ伏して沈没している。トレードマークのツインテールが、ぺったんとテーブルに垂れ下がってしまっていた。
「そのため息はなかなかうざい。よそでやってくれ」
「妹が悩んでるのにその態度酷くない!?」
くわっ!と顔を上げた少女は目をうるうるとさせて告げたのだった。
「もういいや、この際朴念仁のお姉ちゃんでも!相談乗って!めっちゃ乗って!夏が終わらなくなる方法考えて!!」
「それが人にものを頼む態度かよ!」
ぺしり、と私は彼女の後頭部を叩いていたのだった。大体、夏が終わらなくなる方法って一体なんなんだ、なんでそうなったんだ。
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