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とある国で、月のうさぎの争奪戦が始まろうとしていた。
「諸君、あの月を見たまえ!」
王のひと声に、集まった男たちは、そろって天を見上げた。
今夜は快晴。雲一つない美しい星空に、白い満月が浮かんでいる。だが、何かがおかしい。ただ白いだけの、のっぺりとしたボタンのようなボタンのような月……。
「うさぎがいない!」
誰かが叫んだ。
いつも月にその愛らしい姿を現しているうさぎが、今夜はいない。
「その通りだ。今、月にうさぎはいない。何故なら……」
王は少しもったいぶりながら、2,3歩歩いた。男たちは静まり返って次の言葉を待っている。王は改めて男たちのほうへ向きなおり、
「今夜は千年に一度、うさぎがこの地上に降りる日なのだ!」と、重大な政策を発表するかのように言った。
「ほ~、うさぎが……」
「千年に一度だと」
「さすが王様は何でもご存じだ」
男たちはそれぞれ驚いたり、感心したりしている。この国の王は、博識であることで他の国々にも知られていた。そのことを国民は誇りにし、また王自身も誇りにしていた。
「王様、どうしてうさぎは地上に降りてくるのですか?」
誰かが尋ねた。
「それはだな……」
王は再びもったいぶるように黙った。男たちも黙り込んで王を見守った。
「私にも分からない」王は厳粛な声で言った。
王宮前の広場は静まり返った。王にも分からないことがあると知った衝撃で、皆、反応に困ったのだ。
あまりに皆が静かになってしまったので、王も表情には出さないものの、困惑した。
気まずい空気が流れた。
その時、重い空気を切るように、王の後ろから、月と同じ色のドレスを着た若い女が優雅に現れた。
「うさぎが地上に降りてくる理由など、どうでもよい!」有無を言わさぬ調子で、女は言った。「大事なのは、うさぎは今、地上にいるということ。皆の者に頼みたいのは、うさぎを捕まえて、ここに連れてきて欲しいのだ!」
「そ、そうだ! ここへ集まってもらったのは他でもない、この姫のために、うさぎを捕まえて欲しい!」
王はハッとしたように女の言葉のあとを続けた。「見事捕まえた者には、何でも欲しい物を与える。それだけではない。姫の夫となる栄誉も与えよう!」
静かな、息遣い一つ聞こえなかった広場が、途端に騒がしくなった。
「お姫様の夫、ということは……?」
「次の王様ってことだな」
「すごくね?」
「すごいな」
降ってわいた夢のような話に、男たちがざわついていると、「姫」と呼ばれた女が、「パン、パン」と手を叩いて黙らせた。
「お前たち、次の王に自分がなれるかも、と思っているようだが、次の王はこの私だからな。勘違いしないように」
姫は釘を刺すように言った。
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