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「ロウ、お前、どこに行くんだよ」 「どこ行くって……帰るんだよ、勿論」  ロウと呼ばれた若者はキョトンとしている。 「うさぎを探さないのか? 一晩しか地上にいないんだぞ」  王の話では、月のうさぎは千年に一度、一晩だけ、この地上に降りるということだった。夜明けには月に戻ってしまう。限られた時間だが、頑張って探しだして捕まえれば、何でも欲しい物が与えられる上に、姫と結婚できるのだ。  そうなれば、この世の栄華は思うがまま……。そう考えた男たちは目の色を変え、うさぎを捕まえために、あちらこちらに散らばっていった。 「俺は探さないよ。若い男ばかり集めて何事かと思ったら……、くだらない話だった」ロウは、心底がっかりした顔で言った。 「くだらないだって? 姫と結婚できるかもしれないんだぞ。そうしたらもう、あくせく働かなくてもよくなるんだぜ」 「あの人と結婚しても、そんな好き勝手できるとは思えないな……。俺は帰るから、シェインは探しなよ。ライバルが一人減って、いいだろう?」 「本当に帰るのか?」シェインは理解できないという顔で言った。 「今夜は草刈り機の手入れをしようと思っていたのに、お姫様のワガママで潰された」ロウは、不機嫌な顔で言った。「明日も早いんだ。帰って寝るよ」 「そうだった。お前は農業ができれば、それでいいんだったな。わかった。俺は探しに行くよ」 「気をつけてな、シェイン」 ロウは家路を急いだ。早く帰って、明日に備えて早く休みたかった。毎日やることは沢山ある。  小さな山の麓に、ロウの家はある。小さな土壁の家。家の周りには、畑が広がっている。月明かりに照らされた畑は、よく手入れされていた。ロウはしばらくそれを眺めて、満足そうな顔をすると、家の中に入った。 夜が明けて、一番鶏が遠くで鳴いている。ロウは手早く着替えると、外に出た。 「今日こそは猪が掛かっているといいけど……」そう呟きながら、ロウは畑のはずれに向かった。  最近、畑を荒らす猪がいた。ロウは餌を入れた箱罠を仕掛けているが、頭のいい猪で、全く掛からないのだ。    箱罠が見えてきた。中で何か動いている。 「掛かってる!」  ロウは急いで箱罠に近づいたが、動いているそれは白く光っていて、その眩しさにロウは何度も瞬きをした。 「何だ?」  ようやく眩しさに目が慣れて、ロウはそれをじっくりと見た。  その白く小さな生き物は、箱罠の中の餌を一心不乱に食べていた。 「お前もしかして……月のうさぎ?」  うさぎはハッとした顔で食べるのをやめ、ロウのほうを見た。 「な、なぜ私が月のうさぎだと分かりましたか!?」   うさぎは両手で人参を抱えたまま喋った。 「そんな光ってるうさぎなんていないし。って喋れるのかよ!」 「私は月の女神、嫦娥様に仕えるうさぎ。人語くらい話せます」 「なんか偉そうだな……」 「ところで、この檻に入っていた野菜は。あなたが作ったのですか?」 「そうだけど」 「とても美味しいです! 特にこの人参! こんなに甘い人参は、月の宮殿でも食べられません」 「お、そうか? その甘みを出すのに苦労したんだよ! そうかあ、月でも食べられないかあ……。やっぱり俺、天才だな」 一人と一羽が盛り上がっていると、ロウの後ろから近づいてきた者がいる。
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