13話 任務完了

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13話 任務完了

 会場に進む間に、7回ものボディチェックを受けた。さらに監視カメラの数がエグい。警備員の数もだが、本当にいつもの警備の10倍は、人もお金もかかっている。 「足、痛くない?」 (だいじょうぶ)  時折気を遣ってくれる三門に、大きく口を開けて言葉を伝えるが、正直限界がある。この社交界で、この大口を開けるやり取りは目立ち過ぎる。  早く中に入りたい。  中に入れさえすれば、あとは天狗党員を見つけ、しばりあげるだけだ。  ──彼らの潜入ルートは三つ。  正面玄関から記者として、あるいはスタッフになり変わる。もう一つ、可能性は低いが、学生という方法もある。  これら複数が絡んで実行、という線もあるが、それ以外のルートは、今回の騒ぎで不可能。  二手、三手と先読みしなくていいのは最高だ。  このティアラを狙うのは4回目だが、今年、狙われている理由は簡単だ。  だからだ。  いつもはイミテーションなのだが、今年に限っては本物を使っている。  今年のクイーンは、将来、白野財閥を背負うと言われている、白野春乃だ。  国の影の支配者とも言われる白野財閥。  全てに価値のあるものでなければならない彼女にとって、イミテーションなど価値のないただのゴミだからだ。 「並び出したね」  私の肩を三門が抱き寄せてくる。  通路が細くなったのが原因だが、エスコート慣れしている気もする。  私の考えをそらすように、三門は指をさす。 「会場は、やっぱり重厚感あるね」  “黒い洋館“らしく、黒い柱に、黒のシャンデリアと、黒曜石を散りばめたような洋館だ。  敷地内の最奥に位置し、この会のためだけに開放される洋館だけある。洗練されたデザインと装飾品が相まって、おのずと背筋が伸びる。  入り口では、学園長がひと組ずつに挨拶をしている。一歩、一歩と踏み出して進んでいくのが社交界らしく、そして、見定められているのだろう。  私たちとなったとき、学園長の眉が揺れた。 「ようこそ、梟くん。……君が選んだの、まさか、三門くんとは、ね」  その含んだ言い方に被せるように、 「よろしくお願いします、池満(いけみつ)学園長」  三門が静かに頭を下げる。  だが三門の視線は下がらない。  学園長を見続けている。 「今日は楽しんで行ってくれたまえ、梟くん、三門くん」  学園長の声に押し出され、私たちは洋館の廊下を歩き出す。  しかしながら、二人の空気感がどういう意味なのか読み取れない。  横の三門は何事もなかったように、いつもの、いや、100倍増しになった爽やかな笑顔をたたえている。 「梟、全員がホールへ入ったら、ティアラの贈呈式だよ。そのあとは、自由な社交の会になる……って、梟も知ってるよね」    案内のまま歩いていくと、ダンスフロアのある大部屋へと通された。  そこは天井がとても高く、豪華なシャンデリアが天井を埋めるようにぶら下がっている。  テラスは南側の壁に並ぶ。  外を見れば、開かれた窓から夕暮れに沈みこむ庭園が見える。  蒸気灯が、ぼうと青白い炎を灯しだした。  瞬く間に、蒸気と霧で幻想的な庭園が浮かび上がる。  ダンスフロアを囲むように丸テーブルが並ぶ。ここで商談や情報交換など行うようだ。  テーブルには装花も置かれ、蒸気ランプが優しく揺れている。  人の流れに合わせながら進んでいくが、学年による場所の指定はない。皆それぞれの目的を持って、丸テーブルへと進んでいくのがわかる。  私たちはテラス側中央のテーブル近くにいくことにした。  この場所なら全体を眺めることができるからだ。 「梟、なんか緊張してきちゃった」  そう言う三門の手を取り、指で『人』という文字を3回書いた。  飲むジェスチャーをすると、三門は手のひらの文字を飲んでくれたが吹き出した。 「こんなの、低学年以来だよ」  私はせっかくやってあげたのにと肩をすくめると、三門は笑いながら「ごめん」と続け、 「ちょっと、緊張、解けたかも」  二人で笑い合ったとき、キインとマイクの音が響いた。  静まり返るホール内に、女性の司会者の声が響く。  会が始まったのだ。  三門のいう通り、ティアラの贈呈式が行われる。  見る限り、まだティアラは本物だ。  蒸気石特有の蜃気楼の煌めきがある。ガラスやクリスタルだと光の筋が強いのだ。  すぐに視線を回す。  まだ怪しい動きの人間はいない。 『今年は大きな事件もありましたが、しっかり解決し、この日を迎えられたことを嬉しく思います』  学園長の挨拶が続く。  三門は俯いたままだ。 『越えられない壁はないと、よく私の父が申しておりました。ですが、越えさせない壁を作るのも人の力と言えます。私は確固たる壁を作り、この学園を守り抜くことを誓いましょう。そして、みなさまのこれからの発展を祈って、……乾杯っ!』  盛大な拍手と乾杯を合図に、ピアノと弦楽器のアンサンブルが優雅な音楽を奏でだす。  テーブルには料理が並び、追加のドリンクもすぐに運ばれてくる。  学生のダンスパーティとは思えない豪華さだ。  ざわつきだした会場だが、ダンスタイムまで少し時間がある。  この会では、計5回のダンスのタイミングがある。  その際に、テーブルの遠い相手と情報交換をするのだが、お互いの相手を伝書鳩のようにダンスを組ませて、情報を得るのだとか。  噂に過ぎないが、さすが、社交会、というべきか。  私はピンチョスを口へ放り、キャビアの乗ったクラッカーに手を伸ばしていると、三門が私の腕をつついた。 「ね、梟、これからどうするの?」  きょろきょろと忙しない三門の視線を私に向けさせた。 (くいーん)(だんす)(しろ!) 「え……あのクイーンとダンス?」  うんうんと頷いて、私は三門の鼻をつついてやる。 (がんばれ)  唇で言うと、肩をすくませる。 「梟、協力するのは、これだけだから。それ以外はなしだよっ!」  うんうんと返事をかえすと、諦めたように足を運んでいく。  三門自身、相手にされないと思っていると思う。  なにせ、彼女の相方は遠縁だが皇族だ。  だが彼の美貌なら、1回目のダンスは、間違いなく選んでもらえる。  なぜなら、1回目のダンスシーンが学園新聞の紙面に載るからだ。  今の三門の顔面偏差値は、今の状態であれば、軽く見積もっても80。さらに言えば、クイーンの好みは王子系イケメン。彼女のなかでは90になってもおかしくない。  相方の男性にお辞儀をした三門をみて、彼が話しかけるまでもなくクイーンが立ち上がった。  予想通り、踊ってやろうと思ってくれたようだ。  ダンス用の生演奏が始まり、美しいハリのある歌声が滑らかに絡む。  クイーンのリードをとりつつ、踊り始めた三門だが、意外と様になっている。  ……さ、私も動こう。  私は視界を大きく広げていく。  これは私が梟の名を貰った理由でもある。  人間の視野角は広いが、中央がはっきりと、他はぼやけて見える。  だが私は、短時間だが視野角全体をはっきりと見ることができるのだ。  ぐっと広げた視界の右端。静かにダンスで近づいてきたカップルがいる。視線は二人ともにティアラを向いている。  こいつらか──!  まさか、学生のなかに紛れ込ませているとは。  横で会話が途切れた男性先輩の手を取り、私がリードで踊り出す。 「あの、ちょっ……」  適当に微笑みかけてみると、困ったなという顔でダンスをこなしてくれるのは、さすが上級生。  私は目的のカップル横についた。  体重移動、ダンスのステップ、女の肩、男の足、それらがクイーンに向いていることから、クイーンにぶつかり、ティアラを奪う予定のようだ。  ターンをして、三門とクイーンが入れ替わった瞬間、女子生徒がクイーンに身を寄せるが、すぐに、私の体を差し込んだ。  軽く私がぶつかるように動いたとき、彼女の胸元に偽のティアラを見つけた。  それを抜き取り、自身のスカートの奥へと隠す。  を予定していたとは。  となれば、スタッフにも天狗党員が紛れていることになる。  私は踊る場所を変え、少しずつ遠くへ移動しながら、実行犯カップルに熱視線を向ける人間を探していく。  学生天狗党員を見守る、親玉党員は……  みーつけた───!  もう必要がなくなった先輩を彼女の元へ戻してやる。ちなみに顔はそこそこ。雑誌モデルをしているだけある。が、ダンスはまあ下手だった。  アルコールのないシャンパンもどきをスタッフから受け取った。  ひと口飲み込むと、味はなかなか悪くない。  入り口から2つめのテラスの前。  一人立つ女性スタッフが、今回の企画の親玉党員だ。  スタッフの仕事をそっちのけで見守る姿は、運動会に子どもを見に来た母親のようだ。  すれ違い様に、彼女にグラスの中身ををひっかけた。  自分で服を拭こうと布を取り出す彼女の背中に、ティアラをさりげなく引っ掛けておく。 「お召し物は汚れてませんか?」  まわりに形式的な声掛けを行いながら、彼女の視線は天狗党員のカップルに向いている。  仕事をしながら、本業も見逃さない、その心意気は高く評価するが、私は仕上げにかかる。  私とはわからないように、グラスを床に叩きつけること三回。  高級蒸気グラスは、口当たりがいいグラスのため、こういった社交界やパーティでよく使われる。  だが、割れると厄介なのだ。  破片がかなり鋭利で細かくなるからだ。  シャンパングラスは、ティアラをぶら下げた女性スタッフの周りに綺麗に散乱。  スタッフ役だからこそ片づけなければならい状況となり、さらに身動きが取れなくなる。  あまりの事態に他のスタッフも寄ってくるが、すぐに女性スタッフの腕が握り取られた。 「お前、このティアラはなんだ」  瞬く間に女は他スタッフに囲まれる。  反論しようとするが、それすら阻まれる。理由や言い訳は関係ない。  疑惑があれば、即排除がここのルールだ。  朱色の“鎧”を着込んだ蒸気傀儡警備兵の中は警察の人間だ。瞬く間に女性スタッフを制圧していく。  通称『棺桶』と呼ばれる犯人を入れる箱に詰めると、蒸気が噴出、同時にロックがかかる。  蒸気傀儡警備兵は背中から蒸気排出し、動力を腕力に移動、二倍に膨れた腕で棺桶を運びだした。 (今年もあったな) (懲りないよね) (警備、厚いのによくやるねぇ)  見える範囲の唇から、呆れやら感心やら聞こえてくる。  遠くで片付いた天狗党員の確保を眺めつつ、会場の音楽は盛り上がりを見せている。  まだ怪我の具合が良くないため、戦うことにならずに済んで良かったと安心していると、天狗党員カップルの二人がダンスフロアで唐突に足を止めた。  数秒見つめ合い、そして、走り出す。  だが、この会場で走ることはご法度だ。  すぐに怪しい人物として、蒸気傀儡警備兵に捕えられてしまう。  静かに出ていくのなら、それなりに対応しようと思っていたが、敵の動きが付け焼き刃もいいところだ。  隠密の「お」の字も行動に現れていない。  昨日の騒ぎで用意できなくなっていたとも考えられるが、よくこの会場まで入れたものだと、逆に感心してしまう。  私は改めて、シャンパンもどきを受け取り、それをひと口飲み込んだ。ようやく胸のつかえが取れた気がする。 「梟、一人、優雅だね……」  私の前には、額に汗を滲ませる見慣れない三門が立っている。  気づけばダンス用の音楽が止んで、休憩らしい軽やかな音楽に変わっていた。 「昨日よりも、今日が一番辛いんだけど!」  よっぽど緊張していたようだ。  お疲れさまとグラスを掲げた私を三門は睨む。  いきなり飲みかけの私のグラスを奪うと、喉を鳴らして全て飲み干してしまった。  不機嫌な顔をする私をよそに、2曲目が始まった。  今回は春の日差しのような、あたたかな音楽だ。 「任務、終わったんでしょ?」  小さく頷くと、私の手を取り、ダンスフロアへ歩き出す。 「せっかくだから、踊ろう、梟」  強引に胸板に引き込まれる。  思わぬ彼のリードで踊りだしたが、私の耳元に彼の頬が触れる。 「本当にありがとう、梟。君がいなかったら、今頃、僕は一人ぼっちになってた……」  そっとターンをして、また体を引き寄せられる。 「一年、どうかよろしくね……」  囁かれる声に頷くと、腰に回した手に力がこもる。  ぐっと目が合った。  眼鏡越しにない彼の翡翠色の瞳はいつもよりも頼り甲斐のある、強い光が宿っている。  その視線は覚悟が決まっている。  私は唇の端だけ吊り上げた。  まかせろという意味だ。  翌日──  私の“保護者”が会いにきているという。  昼休みに呼び出された個室には、憧れた背中がある。 『おー! じゃねぇか!』  肩に乗せていたカイが『ママ』に駆け寄り頬擦りをした。手入れの行き届いた手でカイを撫でる『ママ』に、私を敬礼をする。 「姿勢を崩していいよ、梟。入学早々、大変だったね。……そして、声も」  ゆったりと備え付けられたソファに腰を下ろし、手を差し出された。  対面するように腰を下ろすが、カイはわたわたとテーブルでの上で弁明を始める。 『あ、これ、あ、梟、緊張しいだからよぉ』 「全てわかっているよ」  鼻をつつかれたカイはぴきんと背筋を伸ばし、私の膝に飛んでくる。全てお見通しだと震えているが、逃げ出したいのは私の方だ。 「そのまま話してかまわない」 (ありがとうございます)  読唇術で会話ができるのはありがたい。  だが、さすがに全く誤魔化しきれていなかったことが羞恥心を煽ってくる。  ここに来る前から全てがバレていたのだ。  だがそれ以上に、欠陥となったスパイを送り込んだ朧月の考えがわからない。 「色々考えることはあると思うが、私たち朧月は、梟を壱等調査官として遜色ないと判断し、ここへと潜入させている」  読まれている。  もう、どうとでもなれと、肩の力を抜くと『ママ』はくすりと笑い、再び顔を引き締め話し始めた。 「今回の建国記念日では本当に助かった。死人が出なかったのは梟のおかげだ」 (とんでもありません)  頭を下げる私に『ママ』は続ける。 「その際、お前が対峙したドルト国のスパイだが、今後も対峙する可能性が十分にある」 (目的の情報を得られなかったからですか) 「いや、倭国の権力の小競り合いに乗じて、ドルト国が横槍、あるいは手助けをし、何かしらの恩恵を得ようとしている。今後も警戒を怠らないように。隙をついてくるのは間違いない」 (わかりました)  『ママ』はついでのように言った。 「黒松の件もまだ片付いていない」  これは言葉にできなかった。  視線でどういうことかと尋ねると、『ママ』は続ける。 「黒松の死体が出ていないのだ。黒松の足取り消しともとれるが、お前が受かっていた場合、暗殺対象となっていた可能性もある。どちらにしろ、お前の命も狙われていると思い、生活しろ」 『すげぇな、梟。お前も狙われる側になるとはな』  茶化すカイの髭をひっぱったとき、ふんわりと体が包まれた。甘い良い香りがする。 「生き抜け、梟。お前は私の子どもなのだから」  顔を上げたときにはすでに『ママ』は部屋から消えていた──  残りの昼休みでランチを食べに行こうかと食堂にむかっていると、肩が叩かれた。 「探したよ、カイ、梟。一緒にランチに行こうよ」  三門だ。  昨日とは打って変わって、猫背に小声、さらには大ぶりの眼鏡をかけて、強烈なオタク臭を放っている。  さらに彼も傀儡用グローブをはめるようになったため、お互いに指が隠れ、パートナーである事実は隠されている。 『サガスナ』 「いや、パートナーだし」 『ダレニモ』『バレテナイ』 「もう一蓮托生じゃない」 『チガウ』 「今日のランチ、ハンバーグだって。梟は好き?」 『梟はハンバーグより、メンチカツ派だ。揚げ物が好物なんだよ、こいつ』 『ウルサイ』  雀と離れても、私にはおしゃべりな人間がそばにつくらしい。  それこそ、情報通なのも変わらないようだ。 「梟、青鬼事件なんだけど」 『ニンム』『ナゼ』『シッテル』  三門はふふんと鼻を鳴らす。 「優秀な相棒だからね、僕は」 『オレ様だって負けねぇぞ』  私は小さくため息をついて、食堂へと足を早めていく。  私の隠密(スパイ)活動は、始まったばかりなのだ───
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