ほろ苦い青春ラムネ

2/9
前へ
/9ページ
次へ
 僕が恭介と友達になったのは、小学三年生の時だった。  委員会が終わり、帰ろうとしていた僕は、数メートル先の鉄棒に掴まる人影を見た。オレンジ色の夕日をバックにしていたので、顔はよく見えなかった。心底驚いた。自分が最後に先生と一緒に教室を出たため、学校には誰もいないと思い込んでいたのだ。  その人が逆上がりの途中で地面に落ちたので、さらに驚いた。押し殺す泣き声が聞こえて、早足で近づいていくと、クラスメイトの「きょうすけくん」だったから、もっと驚いた。 「だいじょうぶ?」  僕の声に反応して、恭介がこぶしで両目をぬぐってから顔を上げた。頬が濡れている。  今日の体育の時間、グラウンドを走りながら、恭介とその友達二人が喋っていた内容を思い出した。 『きょうすけって、ぜったい逆上がりできるよね?』 『運動神経バツグンだもんね』 『え? うん……。まあ』 『今度見せてよ』 『来週の体育、鉄棒だって』 『ちょうどいいじゃん! 楽しみだなあ』 『……おう、まかせろ』  クラスメイトの期待を裏切らないために練習しているのだと理解した。  いつもクラスの中心にいて、一人でいるところなんか見たことがない、なんでもできるイメージがある「きょうすけくん」。そんな彼が、放課後こっそり逆上がりの練習をして、鉄棒から落ちて泣いている。  そう考えた瞬間、心臓の動きがはやくなって、全身がどくどくした。 「見んなよ」  恭介が俯く。落ちた時に擦りむいたのだろう、膝から血が流れていた。僕はランドセルを地面に下ろし、側面にぶら下げている巾着を開けた。この巾着袋は母に持たされている救急セットだ。中に入っているばんそうこうを恭介に差し出した。 「ケガしてる」  恭介の頭がますます下がった。 「おれ、だせえよな」  クラスメイトと一緒にいる時は聞いたことのない、弱々しい声だった。だから励ましてあげたいと思った。 「そんなわけない」  僕は、恭介の隣に腰を下ろした。母に「ズボン砂まみれじゃない!」と怒られるだろうが、気にならなかった。巾着から出したウェットティッシュで傷口を拭き、ばんそうこうを恭介の膝に貼る。拒否はされなかった。恭介は僕の手をじっと見つめていた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加