ほろ苦い青春ラムネ

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「むしろ、かっこいいって思った」  僕が言うと、恭介が眉をひそめた。 「は? んなわけないだろ」 「ううん。かっこいいよ。みんなの期待をうらぎらないために、だまって練習してるんだもん。できないことも、できるようになるまでがんばってるってことでしょ? だからぼくは、きょうすけくんのこと、『だせえ』なんて思わない」  巾着の底に入っていた、塩レモン味のラムネ菓子を恭介に見せた。学校で外に出したのは初めてだった。鼓動が早くなる。 「これ、あげる」 「学校におかし持ってきちゃだめなんだぞ。先生におこられる」  恭介が心配そうな顔で僕を見た。 「これは『おくすり』だからだいじょうぶ。熱中症にならないようにするための『おくすり』。お母さんが言ってた」 「そうなんだ。じゃあもらう」  恭介が手のひらを広げたので、その上で袋を傾けた。ころころと二粒転がる。恭介がそっと一粒だけつまんで口に入れる。その光景から目を離せないでいると、もう一つの方は僕の口元に差し出してきた。ためらいながら唇を開いてぱくりと食べた。甘くてすっぱくて、少しだけしょっぱい。  お互い無言で見つめ合いながらラムネを舌で転がす、不思議な時間が流れた。  唐突に恭介が立ち上がる。にいっと笑って、手でお尻の砂を払った。 「ありがとう。いたいのなくなった。本当に『おくすり』かもしんない」  恭介が手を差し伸べてきた。 「みずきが『おくすり』持ってたこと、だまってる。だから、みずきもおれが練習してたこと、だまってて」 「分かった」  僕は恭介の手を取った。強くて温かい手に引っ張り上げられる。名前を覚えてもらえていたことが嬉しくて、自然と笑顔になった。 「ぼく帰るけど、きょうすけくんも帰る?」 「ううん、まだもうちょっとだけ練習してく」 「分かった。またね」 「また明日」  手を振って、別れた。クラスの人気者と初めてまともに喋った。しかも、天才ではなく努力家であることを知ってしまった。近寄りがたいと思っていた存在が、一気に身近なものに感じられた。  家に向かって歩きながら、心臓のドキドキがおさまらなかった。
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