ほろ苦い青春ラムネ

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 告白から帰ってきた恭介は、青ざめていた。いつものようにフラれたのだろう。今日は一段とひどい顔だ。新商品を買っておいてよかったとほくそ笑む。 「おかえり。新商品の『おくすり』見つけたから、処方してあげるよ。今日のはちゃんと定価で買ったんだよ。見て、面白い名前の味なんだ」  鞄を手で探りながら話しかけると、 「今日はいらない」  覇気のない声が返ってきた。 「え」  手が止まる。顔を上げる。青い顔のまま、恭介が言う。 「俺、彼女できた。告白、成功した」  頭を殴られたような衝撃があった。 「じゃあ、どうしてそんな顔してるの?」 「実感がないから、かな。今までフラれるのが当たり前だったから、俺が受け入れられたのが信じられないっつーか」  恭介がガリガリと頭を掻く。その顔が、徐々に赤く染まってきた。 「そっか……。おめでとう。それなら『おくすり』は、もういらないね」  勢いよくお菓子を取り出し、力任せにパッケージを開いた僕を、恭介は呆然と見つめていた。僕は大きく口を開け、上を向いた。口元にパッケージをあてがい、傾けた。白いラムネ菓子がゴロゴロと降り注いで、喉の奥に当たる。えずきそうになる。 「おい馬鹿! 一気に食うと窒息するぞ! ほら、ほっぺぱんぱんになってる。出せ」  恭介の慌てたような声が聞こえた。パッケージを取り上げられ、片手で頬を潰すようにされる。温かくて、強い手。  みんなから「天才」だと思われているが、実は努力家であることを僕は知っている。陰で泣きながら必死に努力しているのに、「恭介は天才だからな」という一言で済まされても、にこにこしている懐の深さも知っている。恭介の魅力に気づいているのは僕だけだと思っていた。こんなにいいやつなのに、女子たちは見る目がないと思っていた。でもそれと同時に、「気づくな」とも思った。恭介のいいところを知っているのは、僕だけでいい。僕だけがいい。 「瑞生、とりあえず吐き出せ、死ぬな!」  恭介が僕の口に指をねじこもうとしてくる。今までにないくらい、近距離で見つめてくる。  やめてくれ、触るな、そんな目で見るな。そんなことされたら――。  ――恭介、好きだ。  自分でも気づかないふりをしてきた気持ち。頬張ったラムネ菓子にせきとめられ、その言葉が口から出ることはなかった。僕は安堵した。安堵したはずなのに、意思に反して両目から涙がぽろぽろ落ちる。 「なんで泣いてんだよ! そんなに俺に彼女ができたことが悲しいのか?」  違うよ、と答えてあげたかった。でも、ラムネが喉に詰まって邪魔をする。  親友の幸せを祝ってあげられない、だめな人間でごめんね。  溶け出したグレープフルーツ味が口の中に充満した。
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