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14.食べたい!サシミ!マグロ!2
結局話し合いの結果、僕たちはお店に行かず、みんなで吉良くんの家に行くことになった。
すでにみんなかなり酔っていたこともあるし、河本が言っていたお店に電話してみたら、残念ながらみんなが座れるほどの席が空いていないと言われてしまったのだ。
僕らはスーパーに寄って飲み物やお菓子を買った。
吉良くんは、サシミサシミと騒いでいる僕とレオンのために、デリバリーでお寿司を頼んでくれたみたいだ。
僕が吉良くんのマンションに入るのは2度目。この前来た時も日の落ちた夜だった。
玄関から中に入ると、僕はすぐにレオンの手を引いて、あの大きな窓の前に連れて行った。
この光景をレオンにも見せてあげたかった。絶対に気にいると思ったからだ。
僕が思った通り、レオンは窓に両手と額をくっつけて、煌びやかな街と、向こうのほうに見える電波塔や観覧車の放つ光に興奮していた。
「すげー!キレイ!」
声をあげたレオンに、僕は「でしょ!」得意げに鼻を鳴らした。僕の家じゃないけどね。
「きら!せたがやどっち!?」
窓には夜の灯りの中に、背後の灯りとテーブルに買ってきた食べ物や飲み物を広げているみんなの姿が写っている。レオンはそこに映った吉良くんに窓越しにそう声を掛けた。
「ん?世田谷?あー、あっちのほうじゃね?」
グラスを並べていた吉良くんが、窓の外の右の方を指差した。
僕とレオンは並んで窓に張り付いて、「あっちがセタガヤか…」と吉良くんが指した方を見た。
「なんか、もうあの2人……いろいろ通り越して尊いわ」
「めっちゃ仲良いし。綺麗なお顔も似てるし。遺伝子すごいよね」
背後で女の子のそんな会話が聞こえる。
「レオン、そう言えばお酒いっぱい飲んだの?」
相変わらず酒臭いレオンに、僕はこっそり猫の言葉でそう尋ねた。
「うん、飲んだ!けっこう美味いぞ!料理に合うやつもあるし、甘いのもある」
レオンは僕より先に何かをすると、いつもこんな風に得意げに話してくる。さっきのもんじゃ焼きの件もそうだ。
「でも秋山が酒は危ないって言ってたよ?飲み過ぎると酔っ払うし、それでバレちゃったやつも沢山いるって」
僕が嗜めるように言うと、レオンががぶりと耳を噛んだ。またやめろと猫パンチを返す。
「人間の時はあんまりそれしないでよ!」
ぷんすか怒る僕に、レオンもフンと鼻から息を吐いた。
「ツナが口うるさい秋山みたいなこと言うからだろ」
「僕は心配してるんだってば」
僕とレオンは小さい時から一緒なので、このくらいの小競り合いはたびたびある。喧嘩のうちにも入らない。
「心配しすぎだって。酔っ払うって言っても、マタタビみたいな感じだぞ?ふわふわーとしてちょっとだけ、へにゃへにゃってなる」
「マタタビ…」
身に覚えのある言葉だ。
お酒がマタタビと同じだと言われると、一気に親近感と興味が湧いてくる。
「おい、牧瀬」
背後から呼ばれて、僕とレオンは同時に振り返った。ちなみに、レオンも苗字は牧瀬を名乗っている。
吉良くんは振り返った僕らの口元にそれぞれ何かを寄せてきた。それを確かめることもせず、僕らは咄嗟にパクりと食べてしまった。
むむっ!この味は!
「マグロだ!」
「うめえ!」
お刺身ではなく、多分お寿司ってやつだ。マグロと酸っぱいお米が合わさって、絶妙な味わいだ。
僕もレオンも思わず口元を押さえて喜んだ。
「もっと食いたかったらこっち座れ」
吉良くんは僕らを見て笑うと、顎をクイと動かして、みんなのいるソファの方を示した。
買ってきたお酒やお菓子を食べ終えてしばらくすると、みんなお酒が回ったのか適当なところでうとうとと寝始めた。
吉良くんがいうには家に集まるといつもこんな感じらしい。この家はリビングの他には吉良くんの寝室と納戸があるらしいが、全員寝かせるほどの場所はないのだそうだ。女の子にだけ毛布をかけてあげながら、吉良くんがそう教えてくれた。
いつの間にか、ちゃんと起きているのが僕と吉良くんだけになってしまった。吉良くんはテーブルの上を片付けてリビングの端にあるキッチンにグラスを運んで洗い始めた。
僕はその横で吉良くんの洗ったグラスを布巾で拭いて綺麗に並べた。
「俺、寝室で寝るけど、お前もくる?」
グラスを濯ぐ水音に紛れて吉良くんが言った。
「レオン心配だから、こっちで寝る」
僕はそう答えた。
レオンはここに来てからも調子に乗ってまた呑んでいた。正体がバレるようなことがないように、念の為近くにいた方がいいだろう。
先ほど牧瀬家にはスマホを使って連絡を入れた。事前に連絡をすれば外泊も許されることが多いようだった。僕とレオンが一緒に行動していることも、秋山にとってはある程度安心材料になるだろう。
グラスを洗い終わったのか、蛇口の水音が止まった。顔を上げるとシンクの縁に手をついた吉良くんがこちらを見ている。
何も言わないし、何を考えているのかわからない表情だった。
「うん?」
「いや、まあ、いいか。誰か起きてそうだしな」
吉良くんがそう言って、リビングの方に視線をやると、寝ているはずの河本が向こうでゴホンと咳払いをした。
🐾
僕に毛布を貸してくれた吉良くんは風呂に入ると言ってリビングを出て行った。
リビングの電気は消えていた。だけど、僕の夜目が効くという理由以外にも、窓からの入る街の明かりで室内のどこに何があるのかはちゃんと確認することができた。
女の子たちは大きいソファでお互い譲り合って丸まったり、身を寄せ合ったりしながら眠っていた。男は床に寝転んで、クッションを抱えたり、自分の上着を体にかけたりしている。
レオンはどこかと探したら、ソファの影のラグの上でへそ天していた。
傍にしゃがみ込んでつんつん頬を突いてみたが、猫のくせに無警戒で起きる気配がない。むにゃむにゃと寝返りを打っている。
僕はそのレオンの隣に横になって、吉良くんに借りた毛布を自分と、レオンにも一緒にかけてやった。
レオンはまたむにゃむにゃ言って、僕の顎の下に顔を埋めている。
そのまま目を閉じてみたら、思いの外僕も眠かったらしい。じんわりと瞼の奥が沈んでいく気配があった。だけど、急に寝ぼけたレオンが首や鎖骨のあたりをなめたり噛んだりし始めた。
「やめろ」ろと、頭に今日何度目かの猫パンチをお見舞いしたら、レオンは寝ぼけてるのに怒ったみたいに僕の口元をガブリと噛んだ。痛いというほどではなかったが、僕はまた猫パンチでやり返した。
そうしたらやっとレオンは大人しくなって、また僕の胸のあたりに額をつけて、丸くなって眠り始めた。
ほとんど眠りに落ちそうな意識で、しばらく僕は微睡んでいた。どれくらいの時間がたったのかわからないけど、急に腕を掴まれて、僕の意識は覚醒した。
鳴き声を上げる前に体を引っ張られ、強制的に立たされた。そして、後ろから口を塞がれたので驚いてやはり声を発することもできなかった。
腰のあたりに腕が回ってそのまま引きずられるように、リビングの外に連れて来られた。そこはみんながいる場所とは扉で隔てらた廊下だった。薄暗かったリビングとは違いオレンジ色の灯りが灯っている。そこまできて、扉を閉めた後、ようやく口元を塞いだその手の力が緩まって、僕は背後を振り返った。背中に当たった体温の正体は吉良くんだった。
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