19.素っ気ない?

1/1
352人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ

19.素っ気ない?

僕は学んだ。毎週この曜日のこの時間、吉良くんは大学のこのカフェテリアで、友達とコーヒーを飲んでいる。  僕は遠くからその姿を見つけ、駆け寄りたいのを我慢しながら、とことことそのテーブルに近づいた。 「お、牧瀬くんじゃん」 この前も話した吉良くんの友達は、僕のことを覚えていくれていたみたいだった。  人より足音の静かな僕に気がついたのは、丸テーブルにこちらを向いて座っていた二人で、あとの人はその声を聞いて気がついてこちらに顔をむけた。ちょうど背中を向けていた吉良くんも、僕が来たことに振り返ってから気がついたみたいだ。 「ここ座るー?どうぞどうぞ」 ニヤニヤしながら吉良くんの友達は、吉良くんの隣の椅子を開けてくれた。僕は少しツンとした態度で、ありがとうと告げてそこに座った。 「おまえ、前もこの時間に来たな?空きコマなの?」 吉良くんが隣に座った僕に尋ねた。  僕は眉間にわざと皺を寄せる。 「うん、そう」 そのまま険しい顔で、僕は頷く。 「え、なに、眩しい?」 吉良くんは背後の空を振り返り、太陽の位置を確認したみたいだ。だけど、今は曇っている。 「大丈夫、眩しくない」 僕は答えた。険しい顔で。 「なんだよ、なんでここに皺寄せてんの?」 吉良くんはちょっと戸惑ったような表情で、僕の眉間を人差し指でぐりぐりした。 「牧瀬くんこの前プロポーズしたのに、吉良が答えてやらないから不機嫌なんじゃないの?」 友達の一人が笑いながらそう言った。 「そうなのか?」と吉良くんが僕に目配せをしたので、僕は違うと首を振る。吉良くんにぐりぐりされて、僕の眉間は解れていた。 「吉良くん、僕、素っ気ない?」 「え?いや、別に?」 あれ、効いてない。 吉良くんは「良くわかんねえな」と呟きながら首を捻っている。 「あ、ねえ、そうだ!牧瀬くんさ、合コン来てくんない?!」 正面に座っていた男子学生が、テーブルに身を乗り出しながら僕の前で手をひらひらと振って見せた。どうやら無意識に吉良くんの方を向いて座っていた僕の意識を振り向かせる意図があったようだ。 「ゴウコン?」 それが何かわからなくて、僕はその男子学生に向かって首を傾げた。 「えーっと、合コンってのは、男の子と女の子が一緒に美味しいご飯を食べる集まり」 一緒に……美味しいご飯…… 「それ知ってるよ!ゴウコン!」 この前も、吉良くんや莉央や河本、サークルのみんなと美味しいご飯を食べた。ゴウコンは楽しい。 「行きたい!ゴウコン!」 「お、思いのほか乗り気で助かるー!」 男子学生はテーブルを軽く叩くような仕草をしたあと、ポケットからスマートフォンを取り出した。それを僕の前に差し出して何かを言おうとしたところで、横から出された別の手がその動きを止めた。 「まてまて」 止めたのは吉良くんだった。 「こいつ、多分意味わかってねぇから」 そう言って、吉良くんは差し出した手をひらひらと振っている。 「牧瀬、合コンの目的は飯じゃないぞ?」 「ん?違うの?」 「違う」 吉良くんは首を横に振った。 「男女の出会いが目的なの、出会って、気が合ったら恋愛したりとか、そういうやつな」 「ふぅん?」 イマイチ良くわからないので、今度秋山にちゃんと聞いてみよう。 「まあ、そうだけどさ、美味しいご飯もでるよ?」 「別に恋愛に発展しなくたって、その場を楽しめりゃいいのよ、合コンなんて」 「そうそうー!」 吉良くん以外の友達はみんな口々にそう言った。 「オサシミある?」 「あー、イタリアンだから刺身はないだろうけど、アレがあるよ、カルパッチョ!」 「カル?」 「サシミみたいなやつ!美味しいよ」 「食べたい!」 オサシミみたいで美味しいと聞いたら、僕の気持ちは前向きだ。 「こらこら、餌で釣るなって」 吉良くんはまだ首を振っている。 「つーか、なんで吉良が牧瀬くんNG出すんだよ」 「そうだそうだー!心配なら吉良も来いって」 吉良くんはその友達の言葉に、ぐうと押し黙ってしまった。 「吉良くん、行かないの?」 僕が尋ねると、吉良くんはこちらを向いて頷いた。 「うん、行かない。その日、サークルの定期活動日だろ?お前もジム行くよな?」 吉良くんも行くもんだと思っていた。一緒にオサシミみたいで美味しいカル……なんちゃらを食べたかった。 「牧瀬くん、夜からだから、サークルの集まり終わってからでいいよ!吉良は来ないけど、カルパッチョはあるよ!お願い!」 男子学生は顔の前で両手を合わせて頭を下げた。 「チキンはある?」 「ある!!なくても、用意してもらう!」 そう言って目を見開いた男子学生はかなり必死な様子だった。 「吉良くん、チキンとカル…カ、カルぺ…」 「カルパッチョな」 「うん、それ食べたい!行っても良い?」 吉良くんは深く息を吐いて、腕組みをした。その後で背もたれに背中をつけて、僕から目線を外してテーブルの上の紙のコーヒーカップを見ている。 「まあ、別に、俺には関係ないし。好きにしたら?俺は行かないけど、行きたいんだろ?俺は行かないのに」 ぶつぶつ言うので語尾があまり聞き取れなかった。だけど、行ってこいと言っている。たぶん。 「どうする?牧瀬くん?」 「いく!」 僕がそう返事をすると、男子学生は「助かるー!」 と声を上げて、拝むように両手を顔の前で組んだ。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!