20.僕と一緒

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20.僕と一緒

サークルの人以外と大学の外で食事をするのは初めてだ。  前のサークルの飲み会は和食居酒屋のチェーン店だったらしいけど、今回のゴウコンはちょっとオシャレなイタリアンだと教えられた。  お店の中は薄暗くて僕としてはこちらの方が気持ちが落ち着く。壁には樽や、お酒の瓶やらがびっしり飾られている。  吉良くんのお友達は、ゴウコンが初めての僕に簡単なルールを教えてくれた。  一番最初は女の子と男の子それぞれ分かれてテーブルに向かい合って座る。その後で自己紹介だ。その後は適当に料理を食べながら雑談。そして、女の子が長めのトイレに立ったらさりげなく席を移動する。  今はちょうど女の子がトイレから戻ってきたところ、吉良くんの友達がグラスを持って席を移動していたので、空いた僕の隣の席に戻ってきた女の子が座った。 「牧瀬くんってお酒飲めないの?」 「うん、好きじゃない」 ほんのりウェーブのかかった肩ほどの髪を、明るい色に染めた女の子は、僕の隣に座ると少しだけ体を寄せた。まだ夏というには早い季節なのに、この子のネイビーのワンピースではやや薄着だ。寒いのかもしれないと、僕は自分のTシャツの上に羽織っていた薄手のカーディガンを脱いで、彼女の肩に掛けてあげた。 すると彼女は驚いたように瞬きをして僕を見上げる。 「寒いのかと思って」 「あ、ありがとう」 彼女は頬を真っ赤に染めて俯きながら、肩に掛けた僕のカーディガンの襟を胸元に手繰り寄せている。 「うわ、牧瀬くん、天然タラシだな」 正面の席に移動した吉良くんの友達の男の子が言うと、僕の様子を見ていた席のみんなが笑っていた。  タラシの意味がわからなかったけど、なんだか聞ける空気でもない。河本か莉央がいれば聞けたんだけどと思いながら、僕は用意していた小さなメモ帳に、その言葉を書き留めた。 「え、やだ、ちょっと、そんなの書き留めてるの?日本語勉強中?」 今度は逆隣の女の子が僕の手元を覗き込みながら言った。黒のショートボブで大きなイヤリングが揺れている。パンツ姿で他の子よりもボーイッシュな服装だけど、サーモン色の爪が美味しそうだ。 「うん、後で教えてもらう」 「そっか、まあ、タラシは覚えなくても良いと思うよ?」 「そ?」 「ねえ、そう言えば牧瀬くんって、ボルダリングサークルって言ってたよね?」 ショートボブの女の子は、みんなには聞いて欲しくないのか、僕の耳元に顔を寄せながら、小さめの声でそう尋ねてきた。 「うん、そうだよ」 「あのさ、吉良って人、知ってる?」 「吉良くん?うん!知ってるよ!」 僕はその名前を聞くとどうしても顔が綻ぶ。今しっぽがあればたぶんぴんと上向いていたはずだ。 「仲良い?」 「うん!」 「じゃあ、さ、吉良って最近、彼女とかできたかどうかって知ってる?」 「あー、あんた、ちょっと、まーだ吉良くんのこと気にしてんの?!」 僕が答える前に、斜め前に座っていたハーフアップの女の子が割って入った。彼女は少し前から顔が赤くて話し声が大きくなっている。多分またたび状態だ。 「この子ねぇー、前にその吉良って人と一瞬いい感じになったんだけど、結局ダメで、それからずーーっと吉良くん吉良くん言ってるの!」 大きい声で話すそのハーフアップの女の子の隣で、飲み過ぎだよともう一人の女の子が水の入ったグラスを手渡している。  みんな全体的に苦笑いで、僕の隣のショートボブの女の子も気まずそうに笑いながら俯いている。 僕はなんとなく、吉良くんが今日来なかった理由がこの子がいるからなんじゃないかと思った。 「吉良くんのこと好きなの?」 僕が尋ねると、その子は顔を赤くして口元で言葉を濁していた。でもたぶん、この子も吉良くんのことが好きなんだろう。 「僕と一緒」 「え?」 「僕も吉良くんのこと好きだよ。一緒だね」 そう言って笑んで見せると、ショートボブの女の子は驚いたように顔を上げた後、少し困ったような笑顔を見せた。 「牧瀬くんなんて、吉良にプロポーズしてフラれてんだぞ!な!」 む、事実だけど、改めて言われるとなんか嫌だ。 僕は少し眉間に皺を寄せながら、さっき女の子が取り分けてくれたチキンソテーをフォークで突き刺し口に運んだ。……美味しい。  話題が変わって、しばらくの間、席は和やかな空気だった。芸能やスポーツ、旅行なんかの話はよくわからなくて、僕は食べ物の話にだけ加わって、後はチキンとカルパッチョを食べていた。 「牧瀬くん、さっき、ありがとう。話題逸そうとしてくれたんでしょ?」 みんなが別の話に夢中になっている時に、ショートボブの女の子がまたこっそりと僕の耳に顔を寄せた。 そんなつもりはなかったけど、口にチキンが入っていて言葉に出すのがめんどくさくて、僕はとりあえず頷いた。 「これ、さっき飲んで美味しかったの。牧瀬くんも飲む?」 彼女の手にしたグラスには、爪と同じ色のサーモン色のドリンクが入っていた。オレンジの切れ端が縁に刺さっている。僕はチキンを飲み込みながら頷いた。 「美味しいそう、ありがとう」 僕がグラスを受け取ると、彼女は笑顔で同じ色のドリンクが入ったグラスを掲げ、僕のグラスに軽く当てた。カツンと小さな音が鳴って、これが最初にみんなでやったカンパイと同じ意味だと僕は気づいた。  グラスを傾け口に含むと、柑橘系の酸味の後に甘味があって、でも次にほんの少し苦くて、その後でアルコールの匂いが広がった。 僕は驚いてグラスから口を離したけど、また溢したら服を汚してしまうし、あまり人前で物をこぼすのは良くないと秋山にも言われている。咄嗟に口を抑えて、含んだ物を飲み込んだ。 「あ、もしかして牧瀬くんにアルコール渡した?!」 僕の様子に正面に座っていた吉良くんの友達の男の子が気がついたようだ。 「えっ、うん、もしかして、未成年だった?!」 「いや、吉良から牧瀬くんに飲ませるなって言われてて」 「なんで吉良が言うの、ウケる」 「てか、店入る前に全員身分証見せたし、未成年ではないでしょ?」 牧瀬家から渡されている身分証上、僕は人間の20歳ということになっている。だけど、本当は1歳7ヶ月だ。 「牧瀬くん、ごめんね?大丈夫?」 ショートボブの女の子が心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。お水もらう?と聞かれたので、僕は首を横に振り、もう一口サーモン色のドリンクを口に含んで飲み込んだ。 「オイシイ!」 強がりでも気を遣ったわけでもない。本当に美味しかった。僕はアルコールがあまりいい物ではないと思い込んでいたせいで、どうやら今まで損をしていた。もしくは、だんだん人間に味覚が近づいてきたのかもしれない。 「本当に大丈夫?」 「うん!本当にオイシイ!」 「なんだ、牧瀬くん普通に飲めるんじゃん!ほらほら、これも飲んでみなよ!カルパッチョとよく合うよー!」 「うん!アリガトウ!」 「え、ちょっと、そんな急にワインとか飲ませて平気?」 「大丈夫大丈夫!こうやってみんな自分の限界知ってくんだってー」 その後も色々勧められて、魚に合うやつ、お肉に合うやつ、あとチーズたっぷりのピザと一緒に飲んだモス、んっと…モ、モス…なんちゃらって甘くないカクテルが、僕を大人の気分にさせた。  体がなんだか熱くなって、ほんの少し頭がふわふわしているけど、それ以外問題はない。 僕はお酒を「覚えた」らしい。吉良くんの友達にそう言われた。    
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