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4.吉良くんの、家?
もう少し時間が経ったら、僕らは店から追い出されるみたいに外に出た。
予約時間っていうのが決まっていたらしくて、それを過ぎるとお店にいられないルールらしい。
店前で「この後どうする?」なんて言いながら、みんながやがや話し合っていた。
僕はお店でずっと吉良くんを見ていたのに、外に出ようと移動したタイミングでその姿を見失ってしまった。みんなの中にいないかと探したけどやっぱりいない、いつの間にか帰っちゃったみたいだ。
僕は肩を落として、みんなからは少し離れた位置にいた。吉良くんがいないなら、今日はここで帰ろうかな。みんなが行こうとしているカラオケってところには、ポテトはあるけどオサシミは無いっていうし。
「おい」
急に後ろの建物の影から声がして、僕はぐいと腕を引かれた。ちょっとバランスを崩しかると、背中が誰かの体温にふれた。僕は顔だけ後ろを振り返る。
建物の影からみんなに見えない位置で、僕の手を引いたのは吉良くんだった。
「吉良くん!」
僕は嬉しくて思わず声を上げた。
すると吉良くんは人差し指を立てて自分の口元に当てている。これはどうやら喋っちゃいけないという合図らしい。僕は咄嗟に両手で自分の口を塞いだ。
「おまえさ、うちくる?」
吉良くんは僕の首に腕を回して背後から引き寄せると耳元でそう言った。
「うち?吉良くんの、家?」
もう喋っていいのかな、と思いつつ、僕は声を抑えてそう尋ねた。
「うん、そう。来る?やめとく?」
僕は首を振った。
「なに、それどっち?」
「いく!吉良くんち!」
僕が言うと、吉良くんは僕の手を掴んで引いた。みんなからはズンズン離れていくけど、吉良くんが一緒だから僕は不安にはならなかった。
タクシーで少し走ってついた場所は大きなマンションの前だった。
大きく見えるけど、この建物の中でたくさんの人間が場所を分け合って暮らしているのを知っている。だから僕はこじんまりとした部屋を想像してたけど、エレベーターに乗って上の方にあった吉良くんの部屋はこじんまりとはしていなかった。
「すごい、窓、大きい!」
吉良くんはこの部屋に一人で住んでるって言っていたけど、世田谷の牧瀬家のリビングよりも一回りは大きい部屋だった。おまけに天井から床まである大きい窓から、遠くの方まで見渡せる。
夜の街は光り輝いていて、食べ物と吉良くん以外のものを見て感動したのは久しぶりだ。
L字に置かれた大きなソファがあったけど、僕は部屋に入るなりそれを通り越して大きな窓に張り付いた。
向こうにスカイツリーが見えていて、もっと手前にはテールランプが幾つもチラチラ行き交っている。
「気に入った?」
いつの間にか吉良くんが僕の隣に腰を下ろした。
手にグラスを二つ持っていて、その一つを僕の前に差し出した。氷の入ったグラスは汗をかいていて、手に持つと冷たかった。
「吉良くん、ボンボンなの?」
これは莉央が言っていた。吉良くんはボンボン。ボンボンっていうのは、金持ちの子供を表すスラングだ。
「え、まあ、そうだな。すげーストレートに聞くなお前」
吉良くんは笑いながらそう答えて、グラスに口をつけて傾けた。吉良くんの手の中で、氷がカランと音を鳴らした。
そこで僕は秋山の言葉を思い出していた。相手が男の子の場合は、なんだっけ、何が必要って言われたっけ……そうだ!
「けーざいりょく!」
「ん?」
「もってる?吉良くん」
「何を?」
「けーざいりょく!」
吉良くんは一瞬眉を上げた、だけどその後でまた笑って言った。
「俺は学生だから持ってねえよ。持ってんのは親な。俺の親父」
「おやじ……」
おやじはお父さんのことだ。お父さんが持ってるなら、きっといずれ吉良くんにくれるはず、けーざいりょく。うん、おっけ、大丈夫。ってことにしよう。
僕は一人納得して頷くと、吉良くんにもらったグラスに口をつけてグイッと傾けた、途端に口いっぱいにアルコールの苦味が広がって、鼻から臭いが抜けていった。
咄嗟に口を開いたら、流し込んだものがほとんどが僕の口の端から首を伝ってこぼれ落ちた。胸元の衣服がびっしょり濡れて、床も濡らしてしまった。
それをみた吉良くんが、一度大きく息を吐くと、体を震わせて笑った。斜め上に顔を向けながら、膝の辺りを愉快に叩いている。すごく楽しそうだけど、酔ってハイになっているのかもしれない。
「ごめん、コボシタ」
「いいよ、ウケる。お前、未成年だから店で酒飲まなかったのかと思ったけど、普通に苦手だったんだな」
僕は濡れて張り付いた胸元のシャツを引っ張ってにおいを嗅いでみた。お酒くさい。
吉良くんはなんでか僕のその動きを観察するように覗き込んでいる。顔が近くて届きそうだったので、僕は挨拶代わりに鼻筋を吉良くんの鼻頭に擦り付けてみた。
「なにそれ可愛いじゃん。キスしてもいいよ?」
吉良くんは僕の仕草を見て笑った後で、唇を僕の口元に押し当てた。触れる音が鳴ってすぐに吉良くんは離れてしまう。
人間同士のコミュニケーションで口を合わせることは知っているけど、かなり仲良くならないとしないとも聞いた。僕と吉良くんは、この短時間でかなり仲良くなったみたいだ。
ならば遠慮はいらないか。僕はもっと匂いが嗅ぎたくて、吉良くんのそばに擦り寄った。今度は鼻先を吉良くんの首の辺りに寄せてみる。
「匂い嗅いでんの?酒臭くねえ?」
吉良くんは少しくすぐったいというように体を揺らした。だけど、僕の腰に腕を回して引き寄せたから、やめて欲しいわけじゃないみたいだ。
「お酒クサイ、でもここ好き」
多分お酒くさいのは僕が溢したせいだ。吉良くんの首筋は鼻をつけるととてもいい匂いがする。
吉良くんは僕のシャツのボタンに手をかけて、上からゆっくりそれを外した。濡れたから着替えさせようとしてくれてるのかもしれない。
「お前、首から何ぶら下げてんの?」
そう問われて、僕は吉良くんの首から顔を離した。自分の胸元を見下ろすと、吉良くんがボタンを外したシャツの間からのぞいたそれを摘んでいた。
「おウチカード」
それは万が一帰り方がわからなくなった時は、交番か、もしくはタクシーの運転手にそれを見せれば帰れるから、と緊急用に配られているものだ。慣れてきたら外してもいいと言われている。だけど、まだ人間界に繰り出してから日の浅い僕らはそれを肌身離さず首からぶら下げているのだ。
「あー、住所書いてあんのか。子供みてえだな。お前んち過保護なのな」
吉良くんはおウチカードの裏表を返して読みながらそう言った。その後で顔を上げて僕をみる。
「まあ、このチョロさは心配になるか」
「ちょろ?…それなに?」
「んー、まあ、悪い人に騙されやすいってことかな」
「吉良くん、悪い人?」
「俺は、いい人」
そう言って、吉良くんは僕の二の腕を掴んで立ち上がった。「こっちきて」と促されて、僕は吉良くんと向かい合うみたいにでっかいソファに横向きに腰を下ろした。
ソファの座面はもはやベッドみたいに幅がある。正面向いて座ったら上手く背もたれに背中が付かなそうだ。
「なあ、さっきのもっかいやって、鼻くっつけるやつ」
吉良くんはおウチカードを僕の首から抜いて、テーブルの上に放り投げた。シャツのボタンを全部外すと、インナーの裾から手を入れて腰の辺りに触れてくる。徐々に這い上がった手が、衣服を捲し上げていた。
僕は吉良くんに言われた通りまた鼻先を寄せると、触れるより前に吉良くんの唇がそれを阻んだ。舌で僕の唇をなぞってから、ゆっくりと間を割って中に入り込んでくる。ちょっと驚いて体を引いたら後ろに倒れ込んでしまって、ソファの上で吉良くんにマウントを取られたみたいになっている。
僕の雄のプライドが無意識に反応して、気がついたら吉良くんの耳にがぶりと甘噛みをしてしまった。
「こら、噛むな噛むな、ちょっと痛えし」
吉良くんは僕の手首を掴んで頭の横に押さえつけた。痛いと言われたけど、笑っているから怒ってはいなさそうだ。それに、怪我をするほど強くは噛んでいないはず。
吉良くんは捲し上げた衣服から露わになった僕の胸元の突起に唇を這わせた。その感覚に驚いて、僕は体をぴくりと揺らす。
そうしたら吉良くんは嬉しそうにそれを口に含んで吸い付いている。先端が固くなってしまって、それを舌先で転がしていた。
「吉良くん、それ、美味しいの?」
「無味」
「むみ?」
吉良くんが顔を上げた。僕の顔をまじまじと覗き込んでいる。
「お前、マジで可愛いな」
そう言ってまた音を鳴らして口付けた。
猫の時はよく可愛いって言われている。人間だとイケメンって言われることが多いけど、そう言えばさっき飲み会で女の子にも可愛いって言われたな。
「なあ、一応確認だけど」
「うん?」
「お前、ネコだよな?」
「……………………えぇっ?!」
僕は驚いて体を跳ね上げた。
いきなり自分の下で起き上がった僕に吉良くんも驚いたように、体を後ろに動かしている。
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