8.よお、シンデレラ

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8.よお、シンデレラ

同じ大学に通えば僕は毎日吉良くんと会えると思っていた。だけど学部が違うとそうでもないみたいだ。莉央や河本とは授業でよく同じになるけど、吉良くんとは同じ授業がない。  僕がキャンパス内のカフェテリアで吉良くんを見つけたのは、あの夜から5日も経ってからだった。  教えてくれたのは莉央だった。吉良くんはよく空きコマに学部の友達とここで時間を潰してるって。  だから僕は時間が空くごとにそこをうろちょろ伺って、今やっと友達と外のテラス席に座っている吉良くんに会えた。  僕が近寄ると、丸いテーブルを囲んで談笑していたみんなが顔を上げた。吉良くん含めて5人の男女だ。サークルの飲み会の時も吉良くんは人気者だったけど、サークル以外でも友達が多いみたい。 「よお、シンデレラ。門限間に合ったのか?」 吉良くんは椅子に座ったまま紙のカップを片手に僕を見上げた。 「間に合わなかった。怒られた」 そう答えると、吉良くんは「そうか」と言ってカップに口をつけて笑った。 「え、この人吉良の知り合い?めっちゃイケメンじゃん」 吉良くんの向かいに座っていた女の子が僕を見上げて言った。 「うん、サークルの人」 吉良くんは心なしか素っ気ない。もっと僕との再会を喜んでくれてもいいと思うのに、僕に対しても他の友達に対する態度とほとんど変わらなかった。  人間が人前であまり鼻をくっつけたりしないのは知ってるけど、それにしてももっと態度に出してくれてもいいと思う。 「へえ、サークルにこんなイケメンいるんだ?留学生?ハーフ?ここ座る?」 1人の男子学生が隣のテーブルから椅子を引き寄せた。自分の椅子を詰めて吉良くんの隣を空け、そこに席をつくると、「座りなよ」と促してくれる。せっかくなので僕は遠慮なく座らせてもらうことにした。 「名前なんて言うの?」 「学部は?」 「家どの変なの?」 吉良くんの友達からの質問に答えながら僕はそわそわと落ち着かなかった。  隣にいる吉良くんは手元でスマホを弄ったり、時々誰かの話に顔を上げで笑ったり。だけど、僕のことを特別意識している様子はやっぱりなかった。  話題が僕への質問から、バイト先に来た変な客の話に変わったのを見計らい、僕は吉良くんに体を寄せた。衣服の肩を引っ張ると、吉良くんはスマホから顔を上げて「なんだ?」と僕の口元へ耳を寄せた。 「吉良くん、僕たち、結婚する?」 「ふっはっ!」 息を漏らして笑ったのは吉良くんじゃなくて吉良くんの向こう側、僕とは逆隣に座っていた男子学生だった。 「ご、ごめん……聞こえちゃった」 彼はごめんと言いつつそこまで悪びれる様子はなく、だけど一応顔の前で両手を合わせて見せてくる。 「え?なになにー?」 「いや、なんか牧瀬くんが急に吉良にプロポーズして」 「なにそれ、牧瀬くんおもろ」 笑うなんて失礼だ。僕は真剣だった。吉良くんも真剣なはず。  そう思って吉良くんの顔を覗き込んだら、みんなと同じように、肩を震わせて笑っていた。 「……吉良くん?」 「……っ、いや、悪い。お前また発言が唐突だな」 まだ少し笑って肩を揺らしながら吉良くんが言った。 「……吉良くん、結婚する?」 すぐにうんと答えてくれると思ったのに、吉良くんはみんなと一緒に笑っている。僕は不安になってもう一度同じことを尋ねてみた。 「おい、吉良、受けてやれよプロポーズ」 「そうだよ、式やるならよんでね」 みんなの言葉にまた少し笑いながら、吉良くんが息を吸い込み整えた。 「なんだよ、俺と結婚したいの?」 笑顔でそう問われて、僕は迷わず頷いた。 「うん!しよ結婚!」 またみんな笑い声を上げる。 「おー、わかったわかった、しような、結婚」 そう言って吉良くんは僕の頭に手を置いた。 「ほんと?!」 「おう、ほんとほんと」 髪をくしゃくしゃに撫でられて、僕は心地が良くなった。さっきは笑われてよくわからなくて不安になったけど、吉良くんの言葉が僕を安心させてくれた。 「おい、吉良。イケメンくん本気にしてない?国によっては同性でフランクに結婚するとこもあるんじゃないか?」 「いや、しねーだろ流石に。本気だったら怖ぇって」 吉良くんがそう言うと、またテーブルに笑いが起こった。 「……怖い?」 戸惑う僕の様子に、笑ったままの友人達は気がついていないみたいだった。吉良くんだけは、ちらりと僕の様子を見た気がしたけど、それでもみんなと一緒に笑っている。 「あ、やべ。そろそろ時間だ。行くか」 友人の1人が言うと、みんな椅子から立ち上がって、荷物を肩にかけ始めた。吉良くんもみんなと一緒に行ってしまうようだった。 「じゃあね、牧瀬くん」 「バイバーイ」 「今度またお茶しような」 気さくな声を掛けてから、みんな僕に背を向ける。僕は1人席に残されて、吉良くんのいなくなった椅子に目を落とした。 「怖いってなんだろ?」
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