3人が本棚に入れています
本棚に追加
マンションを出た駿は、思わず夜空を見上げた。その目に、じわりと涙が滲むのを、誰も見てはいない。
周囲を確認し、両手でスマホを操作し始める。長さのある文章で、入力しているうちに、涙が頬を伝った。
歯を食いしばって打ち終えると、やっと早足で歩き出し、事務所へと向かった。
途中、ばったり同僚の肥田 直人に会う。パーソナル・スタッフの中では唯一の30代で、駿の先輩にあたる。
「直人さんはこれから?」
「まぁな、首吊ってねぇといいけど。ネット経由じゃなくて電話だったから、切羽詰まってる」
肥田が首を切る仕草をし、駿も眉根を寄せる。
「あー、ね。男って女の人より単純だから」
「何で男って分かったんだ?」
不思議そうに聞き返され、端的に答えた。
「何となく」
切羽詰まってる、との事だったが、肥田はその場から立ち去ろうとしない。
「駿は担当のおちぬま様、今週で期日だっけか」
「こいぬま様ね。さっきサイン頂いたよ」
その笑顔を見た肥田は何かに気付き、表情を固くする。
「……薬切れたか?」
問われた駿は張り詰めていた糸が切れたように下を向き、目元を押さえた。
「……拓也さんならいらないって言ってくれると思ってたから用意してなくて……ごめん、持ってない?」
「あるけどさ」
ジャケットの内ポケットからシートを取り出す肥田。
駿はカプセルを飲んだ後も、上を向いた体勢だった。また涙がこぼれないようにしているのだ。
「水で飲めよ、体壊すぞ」
「……楽な仕事だよね。傷付いても憶えてないんだもん」
震える声で強がっているが、見かねた肥田は窘め、釘を刺す。
「だからって常用していい物じゃねぇだろ。お前惚れっぽいんだから気を付けろ」
「平気。治験も兼ねてるし、試さないと──やっぱり経験した人間が一番分かるよね。失恋の痛みって」
「その痛みを消すから特効薬なんだけどな……」
最初のコメントを投稿しよう!