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駿は決まって、22時には拓也の家を出る事にしていた。事務所に戻る道中でスマホに触れるのも、彼の担当になってからの日課になった。
と、そこへ、着信があった。後輩スタッフの鯉川 健太からのヘルプだ。
公園に駆け付けた駿の元に、鯉川が走ってくる。まだ20代になったばかりで、サービスのスタッフとしても新人だ。
「どうしたの」
驚いて尋ねた駿に、鯉川は息を切らして聞き返す。
「小池さん、チャイブ持ってないですか? 貸してください!」
しかし駿は、すぐには渡さなかった。
「まずどういう事か説明しなさい」
「お客さんに1錠あげたんです。でも、元カレはどうでもいいけど、今度はオレのこと忘れられないとか言い出して──」
彼は初めての経験だったのだろうが、このようなケースは、珍しくない。
失恋の傷を癒すのは新しい恋。それが事実だとすれば、ぽっかりと空いた心の隙間に入って来た相手に、行き場を失った愛情の矛先が向くのは当然の原理である。
冷静に説得する駿。
「1日に2錠は過剰摂取になるよ」
「でも、期限が明日までなんです。今夜中にサイン貰わないと……」
後輩が焦っているのは伝わってきた。
サービスにはクーリングオフ制度があり、契約が取り上げられると収入にも響く。
「落ち着きなさい。なんて言って出てきたの?」
「えっと、コンビニ行ってくるって」
「別れ話の途中でコンビニ行く?」
「別れ話じゃありません!」
鯉川が大声で否定する。
「別に付き合ってないし、て言うか普通、男と付き合うとか……ありえないし」
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