推し様のご様子がおかしいのですが? ~塩対応していた美形騎士は限界オタクを溺愛する~

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「はぁ、推し様が今日も尊い……」  推し様の勇姿に見惚れ、思わずため息がこぼれてしまいます。  定期的に開催される近衛騎士の対戦試合で、黄色い声を上げて観戦するご令嬢方に混ざり、私も推し様を拝み応援しておりました。  ご令嬢方が熱い視線を送る先では、決勝に残った二人の騎士様が剣を交え、勇ましい姿を披露してくださっています。 「光の騎士様ー! 頑張ってー!」 「キャー! 氷の騎士様、負けないでー!」  一人は明朗快活で不思議と人を惹き付けるカリスマ性を持ったお方で、人懐っこい笑顔が明るい日差しのようだと称される『光の騎士』こと、トリスタン様。  もう一人は眉目秀麗、文武両道、頭脳明晰、泰然自若、etc……おっと、上げればキリがないので割愛します。あふれる才知とたぐいまれな美貌を合わせ持ったお方で、厳格でストイックなところが厳冬の雪のようだと称される『氷の騎士』こと、ランスロット様。  何を隠そう、私が全身全霊を捧げて応援したい唯一無二の尊い推し様、ランスロット様でございます。  推し様の何が推せるかと申しますと、それはもうお美しいのでございます。 「噂はかねがね聞いておりましたけど、実際に見ると氷の騎士様は噂以上の美男ですわね」 「こんなにキレイな男の方を見たのは初めてですわ……あたくし、氷の騎士を推しちゃおうかしら」 「うふふ、観戦にお誘いしたかいがありましたわ。ああでもでも、わたくしの推しの光の騎士様もステキなんですのよ――」  初めて観戦されるご令嬢が早くも推し様の美貌に落とされ、ご友人とキャッキャッウフフと楽しげに話していらっしゃいます。  私は得意げにうんうんと頷いて、心の中で熱弁します。  そうでしょう、そうでしょうとも! 推し様はとにもかくにも見目麗しく、顔がイイ! 超絶美形なのですから!!  少し癖のあるアッシュグレーの髪を後ろに流し、切れ長なアイスブルーの瞳は理知的な輝きを放って、対戦相手を冷静に見据えておられます。  騎士らしく鍛え上げられた強靭な体躯が躍動し、弾ける汗すらも煌めいて彩を添えているのです。  まさに、神が作りたもうた究極の造形美! こんなにも美しい推し様をこの世に生み出してくださって、本当にありがとうございます!!  神様と推し様のご両親には感謝の思いが尽きません。私は思わず手を合わせ拝んでしまいます。  一秒たりとも見逃すのが惜しく、瞬きをすることも忘れ、私は推し様の勇姿を網膜に焼き付けるのです。  あっ、ですが曇りなき(まなこ)をかっぴらいてガン見していたせいで目が乾いてきて痛いです。ちょっと涙がにじんでまいりました。  激しい攻防を繰り広げていた騎士様の立ち位置が反転し、推し様のご尊顔がこちらの方を向きます。 「キャー! 氷の騎士様、ステキー!!」  熱狂的な歓声を上げるご令嬢方に推し様の視線が向いた刹那、私は推し様と目が合ったような気がしました。  そして、勝敗が決まったのは一瞬のことでした。  ガッキィィィィン  渾身の一撃によって推し様の剣が弾き飛ばされ、宙で大きな孤を描いて落ちていったのです。  勝利を収めたのは光の騎士様でございました。  観戦していた方々がワッと湧き立ち、彼推しのご令嬢方がいっそう歓喜されます。  光の騎士様は地面に落ちた剣を拾い、推し様に手渡して何やら話しかけていらっしゃいました。 「どうした、ランスロット? 真面目なお前がよそ見をするなんて、らしくない」 「ああ、そうだな……気が散ってしまっているようだ。すまない……」 「調子が悪いなら休んだ方がいい。お前は頑張りすぎるから、無理は禁物だ」 「いや、体調が悪いわけでは……だが、少し頭を冷やした方が良さそうだ……」  どうしたことでしょう? 推し様のご様子がおかしいのです。  近衛騎士の中でも飛び抜けて強いお二人は、負けず劣らずといった実力で、勝率こそ五分五分といったところなのですが……それでも、推し様のご様子がいつもと違うように思えてなりません。……とても気になります。とてつもなく気になります。  いつもであれば、勝敗を見届けたらすぐ仕事に戻るのですが、推し様のご様子が気になりすぎて、足が一向に動こうとしてくれません。  鉛のように重い足。なんてことでしょう、私の意に反して動かないなんて……いえ、嘘です。大きく意に沿ったがゆえに動かないのです! 私の身体は正直でした!?  そんな理性と本能のはざまで葛藤しているかたわら、試合の終わった近衛騎士の方々が移動を始めます。  ()()()をしていたご令嬢方がいっせいに動きだし、私はあれよあれよと押し流されて、群の外へと放り出されてしまいました。  たたらを踏み、ぐるぐると目を回していると、どなたかにぶつかってしまいます。 「あてっ…………ん?」  ぶつかった反動で跳ね返され倒れるかと思いきや、その方の大きな手が私の背中を支えてくださいました。 「あ……あの、ありがとうございます」  近衛騎士の制服を着た長身のその方にお礼を言おうと見上げれば、頭上から聞き馴染みのある冷淡な声がかけられます。 「何をしている?」 「ひゃいっ!?」  驚きのあまり変な声が出てしまいました。  そこにいらしたのは、まごうことなき推し様でございます。  不機嫌そうに眉をひそめ、冷ややかな目で私を見下ろしておられました。  よく美形が凄むと迫力があると言いますが、推し様の超絶美形なご尊顔で見下されると、筆舌に尽くしがたい衝撃的な破壊力があります。  私の心臓は軽く爆発したのではないかと思えるほどに跳ね、それはもう息が止まるほどのお美しさなのでございます。 「王女付きの侍女が仕事を抜け出し、こんなところで油を売っているとは、怠慢がすぎる……」  射貫くような眼で見据えられ、怒気をはらんだ低い声でそうおっしゃられました。  仕事をサボっていたわけではないのですが……それはさておき、なんと推し様が私のことを叱ってくださったのでございます! 誰よりもお勤めにひたむきな推し様からの叱咤激励でございます!!  感動のあまり私が身震いしていると、推し様は美貌にキャーキャーと騒いでいるご令嬢方に鋭い視線を向けられます。  突き刺す冷たい目に驚いたのか、ご令嬢方から小さな悲鳴が上がります。  推し様は身をすくめるご令嬢方にもかまわず、ハッキリと言い放たれました。 「わたしは近衛騎士として責務に従事しているのであって、見世物になったつもりはない。見目を取り立てて騒がれるなど、不本意極まりない。まして、怪我人など出され問題を起こされては、非常に迷惑だ。わきまえていただきたい!」 「氷の騎士様……」  さすが、()()()で有名な推し様、『氷の騎士様』でございます。  可愛らしいご令嬢がお相手だとしても容赦がありません。  推し様の冷淡な態度に耐性のないご令嬢は、目に涙を浮かべ震えてしまわれました。  その姿はとても可哀想に見えるのですが、一部のご令嬢はことさら目を潤ませ、うっとりとされていて……私は同じ匂いを感じてしまいました。 「ああまた! それでは言葉足らずだ、ランスロット!!」  すかさず、光の騎士様がフォローを入れてくださいます。  泣きそうになっているご令嬢方の前へと出ていき、ご自分の胸に手を当てて真摯な眼差しを向け、優しく語りかけるのです。 「レディー、どうか誤解しないで欲しい。彼が強い言い方をしてしまうのは、決して君達の心を傷付けたいからじゃない。君達を守りたかったからなんだ」  さらりとした輝くブロンドの髪に澄んだエメラルドの瞳は、推し様ほどではありませんが大変にお美しく端整です。  きっと世の乙女達が夢見る王子様を具現化すれば、『光の騎士様』になるのではないでしょうか。  そんな方が眉尻を下げ、真摯に向き合い、優しく語りかけてくれるのですから、涙などひっこむというものです。 「君達を危険にさらす要因が少しでも自分の容姿にあるなら、彼はそれが耐えがたく許せないんだ。守るべき君達にはかすり傷一つたりとも付けたくはないのに……いっそ遠ざけてしまったら、君達を危険にさらさずにすむと思ってしまった……」  切なげに首を傾ける光の騎士様に見入り、ご令嬢方は頬を桃色に染め、瞳を輝かせていくのです。 「彼は見目に反して武骨で極端なところがある。けれど、僕等はいかなる時もかよわき者を守護する騎士でありたいと願っている。だから、どうか許して欲しい……レディー、僕等に君達を守らせてくれないか」  光の騎士様にうやうやしく頭を下げられ、ご令嬢方は感激して首を縦に振っていらっしゃいました。  推し様とは正反対に、()()()で有名な『光の騎士様』は伊達ではございません。  涙ぐんでいたご令嬢方を慰めつつ、推し様の意図したことを汲んで、丸く収めてしまう手腕は見事でございます。  光の騎士様は振り返り、日差しのような明るい笑顔で推し様に話しかけます。 「誤解がとけて良かったな」 「わたしは弁解など……」  推し様は苦々しい表情をされて、なぜか私に視線を落とし、物言いたげに口を開かれます。 「………………はぁ」  ですが、言うことがためらわれたのか、ため息を一つだけつかれました。  それから、何も言わずに近衛騎士の方々と共に立ち去られていかれたのです。 「推し、様……」  推し様の姿が見えなくなるまで目で追い、しばらくしてじわじわと実感が湧いてきた私は、その場にへたりこんでしまいました。  うずくまって身体を震わせていると、そんな私を見たご令嬢方が心配して声をかけてくださいます。 「あなた、大丈夫?」 「氷の騎士様にあんな近くで責められたら、さぞ怖かったでしょうね」 「あたくし、睨まれた瞬間に心臓が止まるかと思いましたわ」  身の内からあふれ出る衝動が抑えられなくなった私はすっくと立ち上がり、雄叫びする勢いで思いの丈を解き放ってしまいます。 「あぁあっ、推し様が尊い! 尊すぎます!! こんなにも間近でご尊顔を拝見し、お言葉を拝聴できるだなんて、なんて至福なのでしょう! あの毒虫でも見るような目で見下され塩対応されていなければ、尊さの過剰摂取で危うく尊死してしまうところでした!! はぁあっ、厳しくも清らかでお美しい推し様! 何事にも揺るがず、何者にも染まることのない、崇高で気高い推し様は正に厳冬の雪! どこまでも志高く自他共に怠慢など許さない、規律正しい騎士の鑑! お姿だけではなくお心までもがお美しい、氷の騎士様は至高にして究極の騎士様です!! ふぁあっ、素晴らしすぎて推し狂えます! いかがでしょうっ、皆様方も氷の騎士様を応援されませんかっ?!」  身悶えしながら推し様への熱い思いを語り散らかし、勢いあまって布教してしまいました。  すると、声をかけてくださったご令嬢方が一歩二歩と後ずさり、私から遠ざかってしまわれます。 「……あなた、めげませんのね」 「うわぁ……新手の信仰宗教かしら……」 「あたくし、やっぱり光の騎士様を推しますわ」 「えぇえっ!?」  そろりと視線を外され、目を合わせてくれなくなってしまわれました。  もしかしたら、私は興奮のあまり鼻息を荒げ、目を血走らせていたのかもしれません。  あっ、ご令嬢方がそそくさといずこへか行ってしまわれます。……なんてことでしょう、逃げられてしまいました。そんなに警戒せずとも、少々推しが強いだけですのに……。  私としましては、推し様を応援してくださる同士の方が増えるのは大変に嬉しいことなのですが……とても残念です。とてつもなく残念です。  ともあれ、少々出すぎた真似をしてしまった気もするので、反省しなければなりません。  王女殿下へ観戦状況をお伝えするのも仕事の一環ではあるので、侍女としてのお勤めを怠っていたわけではないのですが、推し様の応援に熱が入りすぎていたことは事実、叱責されて然るべきでした。  間近で仰ぎ見た推し様のご尊顔を思い出し、私はにやけそうになる顔をぺチンッと両手ではたきます。  推し様に叱っていただいたなどと、喜んではいけません! 推し様の手を煩わせてしまったことを深く恥じ、今後は決してでしゃばらないようにしなければ!!  推し様の活動を応援することが推す者としての責務であり、妨げになることなどあってはならないのです。  陰ながら推し様を応援し見守ること、それこそが至上の喜びなのですから。  ちなみに、かつて異世界から召喚された聖女様が残したとされる『自伝(推しへの愛が綴られた日記)』が私のバイブルとなっておりまして、推しとはファビュラスでマーベラスな尊きものなのでございます。  それにしても、やはり気になるのは推し様のご様子がおかしいことです。  塩対応のキレが悪いと言いますか、なんと言いますか。いつもであれば―― 「は? 見目などすぐに移ろうもの。一時の美醜に翻弄され、本質を見誤るなど愚の骨頂だ。まして、その容姿で媚びる浅ましさ、人より自分が美しく優れているとでも思っているのか? 思い上がりも甚だしい。少しは恥を知ったらどうだ?」  ――くらいはおっしゃいそうなものなのです。  もっとこう、ズバァーンと一刀両断して、ズギャーンと粉砕破壊するのが、推し様のキレッキレの塩対応なので、どうにもキレが悪くなっているように思えるのです。  いったいどうされてしまったのでしょう? 心なしか、最近の推し様は元気がなくなっているようにも感じますし……とても心配です。とてつもなく心配です。  ◆  推し様のことを考えつつ、雑務を片付けてお部屋に戻る途中、庭園の横を通りかかりました。  すると、偶然にも庭園で休憩されている光の騎士様と推し様の姿をお見かけしたのです。  どうしても推し様が心配だった私は、こっそりと物陰に隠れ、ご様子をうかがうことにしました。  結構な距離がありますが、全神経を集中して聞き耳を立てます。
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