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そして、動けなくなった僕を、トモエは川に落とした。
自分の頭から流れ出る血が、水の中に帯のように流れ、けれどすぐに明るい陽光の中、水の透明さに紛れて薄れていくのが見えた。
僕のすぐ右隣に、僕と同じくらいの年頃に見える、白骨死体があった。
もう体にはあまり力が入らなかったけど、なんとか上を見た。
太陽が真上にある。
白い大小の丸いものが、ゆらゆらと水の中を漂っている。
まるでくらげだ。
海の底から、くらげが泳ぐのを見上げているみたいだ。
川のくらげは、ただ漂うのではなく、一様に水面に向かって浮かび上がっていった。
あれは、そうか、気泡だ。僕の口と鼻から出た空気の泡だ。僕の命綱。それが惜しげもなく空しく僕を置いて遠ざかっていく。
やがて、くらげは消えた。
目の前をただ水だけが流れていく。
真昼間のはずなのに、視界がだんだん暗くなっていった。
あれ、と思った。
僕の左隣で、なにかが起き上がった。
それは、僕だった。
僕の隣で、僕が起き上がり、水面へと上がっていく。
おかしい。さっき、僕の右隣に白骨があったけど、左にはなにもなかったのに。
けれど、今は、僕の左には僕がいて、右にはなにもなかった。
いや、僕が白骨死体になっていた。
僕は、白骨死体と入れ替わったのだ。
白骨死体の中にいたのは誰だ? そいつが僕の体に入って、今、死の蓋である水を出て、生きるために空気の中に戻ろうとしている。
水面の向こう、岩の上に、トモエの顔が見えた。
揺れる水越しだからグニャグニャだったけど、トモエは僕ではない誰かが中に入っている僕を抱きしめて、号泣しながら笑っているのが分かった。
そうか、僕はこのために連れて来られたのか。あの白骨死体の身代わりになるために。
きっと一年前からずっとこの日が来るのを待ち望んでいたトモエの前に、弟の身代わりを務められそうな僕は、こつぜんと現れてしまったのだ。
トモエと「僕」が、岩を降りて去っていく。
彼らがここに来ることは、きっともうないのだろう。
今後、ここまで僕を探しに来る人はいるだろうか。父さんと母さんにも、今日ここに来ることは伝えていない。
くらげの消えた無色の水を、眼球のない目で見つめて、僕は、これから果てしなく長く続いていくのだろう茫洋の時を思いながら、真上からゆっくりと傾いていく太陽を感じていた。
僕はこの水の棺桶の中で、今日の終わりを、八月の終わりを、やがて夏の終わりを、一人で迎えるのだろう。
これから何度?
いったいいつまで?
問いかけは、あのくらげたちのように、振り向きもせずにただ水に揺られて消えていった。
終
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