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休みの日、俺は要と河川敷でキャッチボールをしていた。何度もこうして二人で遊ぶようになり、時には店ではなく、家に上がって宿題を見てやることもあった。
その度に、美姫さんの手料理を食べられる。それが俺にとってご褒美だった。
「海斗がパパだったらなぁ」
ボールと共に、要のそんな言葉を受け取った。
思わずポロリと球をグローブから落としてしまった。
要に俺の気持ちが伝わってしまったのだろうか…。
美姫さんとは付き合ってはないが、彼女からの好意もそれとなく感じていたし、結婚を前提に交際したいと思っていた。
日に日に想いは募り、意を決して俺は彼女に気持ちを伝えるべく、ある日ポケットに指輪を忍ばせて会いに行った。
目の前に差し出されたリングケースに彼女は目を丸くして驚いた。俺はケースを開けて小さく光るダイヤが付いた指輪を見せた。
「美姫さん、俺と結婚を前提にお付き合いして下さい」
しばしの沈黙の後、彼女は弱々しく俺の手を包むと、そっとケースを俺に戻した。
「ごめんなさい…嬉しいけど、私…自信がないです。…ごめんなさい」
泣いてるような震える声で、美姫さんは言った。
俺はそれ以上何も言えず、返されたリングケースを手に、静かに玄関を出た。
翌日、会社では「浦島さん、なんか…老けました?」と何人かに言われたくらい、俺は落ち込んでいた。
髭を剃り忘れ、無精髭だったのもあるかもしれない。
***
週末、俺は気がついたら土手にいて、草野球をしている要達をぼーっと見つめていた。
俺に気がついた要が走ってくる。
「プロポーズ、成功した!?」
屈託のない笑顔が、俺の傷心に追い打ちをかける。
要には、予めプロポーズの了承は得ていた。項垂れる俺を見て、察した要が俺の隣りにちょこんと座った。
「押しが足りないんじゃないの?」
思わぬ言葉にふっと笑ってしまう。
彼女に負担はかけたくないと思うと、あれ以上積極的になれなかった。
要は突然近くに生えているクローバーを見始めた。
「…どうした?」
「四ツ葉のクローバー探してるの」
「御守りにでもするのか?」
「ちがうよ、母ちゃんに渡すやつ!」
とりあえず俺も一緒になって探した。
しばらくして、俺が最初の四ツ葉を見つけた。
「要、あったぞ?」
「やった! じゃあ、それ指輪の代わりに渡してよ」
驚いた顔の俺に、要はまたキラキラとした笑顔を見せた。言われるがまま、未練がましく持っていたリングケースに四ツ葉を入れた。
給料3ヶ月分の指輪は、数分で見つけた無料の四ツ葉のクローバーに変わった。
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