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「河上に赴いてはいけないよ。神様がお住まいだからね」
水路が整備されたこの町では、軒先まで張り巡らされている水の恩恵を受けて生活している。生活水の大半を占めているため町全体で様々なルールが存在するが、その中でも抽象的なルールの一つがそれだった。
山と森から降りてくる自然の水脈によってうまれた川が我々の命を支えている。その流れに逆らう__川を昇るような真似は、神の意志に背く行為なのだそう。
この土地に古くから住んでいる住民の子供たちは、身近な大人から口酸っぱく言いつけられているようで決して“川遊び”をしない。
「今年も水難事故が出てしまいました。海や川だけではありません。皆さんは明日から夏休みです。もし皆さんと同じくらいの年の親戚が来て、水遊びをするときは注意してください。大人に自分たちの行き先はちゃんと伝えること。“河上へは決して行かないこと”」
夏休み直前の集会では恒例の注意喚起が行われる。
この地域で起こる水難事故のほとんどは、住民以外が被害に遭っている。水の恩恵にあずかると同時に、大人たちが水を畏れている雰囲気を子供たちも感じ取っているから、それを知らない部外者が水を恐れなかった結果だ。
僕はこの町に引っ越してきて五年が経つ。小学校入学に合わせてやってきたので今年は小学生最後の夏休みだ。周りの子供たちと同じく水路のルールと共に育ってきた。
でもずっと気になっていた。町の水路の先を。だからついに『自由研究』の題材として選んでしまった。
その日は快晴で、前日降った雨のおかげで幾分か過ごしやすい気温だった。寝苦しくなかったので早起きしたら母がびっくりしていた。朝食を食べて山へ虫取りに行くことを伝えたら、おにぎりを持たせてくれた。
つばの広い帽子をかぶり、水筒を持って家を出ようとすると母に引き留められた。首から下げた空の虫かごに、虫よけスプレーと子供用ケータイを入れられた。「虫が入らないよ」というと、「ポケットがあるじゃない」と言われる。わけのわからない装備で顔を顰めていると、母が僕の部屋から小さめのリュックを持ってきた。
水筒以外の荷物は全てリュックで背負って僕は期待に胸を膨らませて家を出た。
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