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そのポスターを目にしたのは、駅前の商店街を歩いている時だった。
赤い字で大きく『そうだ、トイレへ行こう』と書かれている。
私は思わず足を止めてしまった。
微妙な違和感を覚えたのだ。
そもそも「そうだ、〇〇へ行こう」というのは、突然どこかへ行きたくなった時に出てくる言葉のはず。確かにトイレも突然行きたくなる場所かもしれないが、いちいち「そうだ、トイレへ行こう」と考えてから行く者はいないだろう。
トイレへ行くのは生理現象であり、すぐには行けない事情があって一時的に我慢する場合はあるにせよ、行きたくなったらいつかは行かねばならぬ場所。「そうだ、トイレへ行こう」という思考を挟む余裕はないはずだ。
例えば鉄道会社のキャッチコピーで「そうだ、京都へ行こう」みたいなフレーズがあったように、旅行ならば行き先を選択したり、突然旅に出たくなったりすることもあるだろう。そういう状況で使われるのが「そうだ、〇〇へ行こう」という言い回しなのだ。
この「そうだ、トイレへ行こう」ポスターの場合、まさかトイレへの旅を誘っているわけでもあるまいし……。
そんなことを考えながらポスターを眺めるうちに、さらに違和感が増大してきた。
よく見れば『そうだ、トイレへ行こう』という文字のバックに写っているのは、白い子犬を抱いた女性アイドルなのだ。
いや、もちろん「アイドルはトイレなんて行かない」と言うつもりはない。ポイントはそちらではなく、腕に抱かれた犬の方だ。
芸能人であれ一般人であれ、誰でもトイレへ行く時は一人のはず。犬を抱いたまま用を足しに行くなんて、それこそ不自然ではないか!
あまりにも不思議に感じたせいだろうか。どうやら私は、思った以上に長い時間、その場に突っ立っていたようだ。
ポスターの貼られている建物から、店員らしき女性が出てきて、話しかけてくる。
「こんにちは。そちらのポスターの件、興味がおありですか?」
ポスターのアイドルほどではないが、可愛らしい顔立ちの若い女性だった。
清楚な白いシャツに、濃い青色のエプロンスカート。もちろん私服ではなく、この店の制服なのだろう。
そんな彼女の姿と、問題のポスターとを改めて見比べて……。
ここでようやく私は気づく。
この店はペットショップであり、店先に貼られているのは、犬の躾け方教室のポスターだった、と。犬が自分から「そうだ、トイレへ行こう」という気持ちになるよう、まだトイレの習慣が身に付いていない犬をきちんとトレーニングする、という話らしい。
(「そうだ、トイレへ行こう」完)
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