Mx30.4.8 12:00p.m.

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 氷室という女性と会話をしてから、不思議とレテの心は落ち着きを取り戻した。  会場の雰囲気にもだいぶ慣れ、周りを見渡す余裕ができる。  カウンターもテーブル席もテラス席も満員御礼。拠点の垣根を越えて皆思い思いに腰を落ち着けているが、なんとなく同色のメンバーで集まっているのが面白い。  その様子はもはや送別会の枠を超え、魔法少女の親睦会であった。  レテも、円堂渾身のラビット3Dラテアートをじっくりと観察する。その出来栄えは大変素晴らしく、メインのウサギが垂れ耳のロップイヤーなところなど特にレテの中で高得点だ。思わずミラーロッドに記憶させてしまった。  記憶させてから──考えてみれば、ロッドを手にするのも今日で最後だったと思い至って何だか可笑しくなる。  しかしまあ、最後までいつも通りに過ごせばいいじゃないか、と鏡の中のふわふわウサギを見つめた。 「も~、早く渡しちゃいなって!」 「で、でもやっぱり迷惑じゃ……」 「そんなわけないと思う。ここまできて恥ずかしがってどうするの……ホラホラ」 「別に構わないけど? いざとなったら貴女の後悔ごと私たちの腹の中に収めるだけよ」 「やだ……アズっちかっこいい……」  聞き覚えのある声に(最後のは複数人分ハモっていた)レテが振り返ると、野菜やフルーツを模したコスチュームの面々が何やら押し問答をしていた。  同時に、軽いざわめきが起きる。 「スーパーマーケット拠点(スポット・マーケット)だ……!」 「四人揃ってるとこ見るの初めて……」  まじょりシティー最高ランクの五大拠点の中でも、ここ一年以上に渡り討伐率不動の一位を誇るのがこのスーパーマーケット拠点だ。  構成メンバーは現在四名、その全員が任期五年以上のベテランである。今は他拠点からの支援要請で個別行動になることが多く、全員が揃う機会はなかなかない。故に視線が集まるのは当然と言える。  背中をつつかれながら一歩前へ出た少女は、皆からの注目に耐えかねてか、大きなサクランボの髪飾りよりも真っ赤だった。 「チルカ?」 「レテちゃん、あの……これ、良かったら食べて」  ピンクグレープフルーツのポーチを揺らしながら、チルカ・チェリエルが差し出してきたのは可愛らしくラッピングされたケーキ箱だ。  薄桃色のリボンを解くと、美味しそうな焼き色のチェリーパイが顔を出した。  丁寧に卵黄が塗られたパイ生地は、おそらく市販の冷凍ものではなく手作りだろう。編み込まれた生地の隙間からは、大きなチェリーがゴロゴロ入った赤いフィリングが覗き、食べればきっと、果肉の甘酸っぱさがじゅわっと口いっぱいに広がるに違いない。シュガーパウダーの粉化粧をあえて施していないチェリーパイは、素朴で優しいチルカそのもののようだった。  レテはわずかに目を見開く。いつかの、討伐終わりの雑談の中で、彼女のお菓子作りの話題になり、食べてみたいと言ったことがあった。もう、随分前の話である。 「……覚えててくれたの……?」 「うん。夕べ急いで焼いたから、上手くできたかちょっと自信ないんだけど……」  パイに目を向けたまま固まるレテに、チルカははにかみながら両腕を広げた。  ──拒む理由など、どこにもない。
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