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Mx30.4.8 3:55p.m.
* * *
結界の罅は更に広がっていた。
一部完全に穴が空いた箇所からはついにヴィランの侵入が確認され、魔法少女数人が迎撃に当たっている。
だが、今カフェが騒然としている理由はそれだけではなかった。
足早に階下へと駆け下りる華維人の表情は険しい。
(なんてことだ。よりによってこんな……)
金と白の魔法少女の特攻技は、咄嗟にザイオンが多重結界を張らねばならぬほど強大だった。他者との結界同士は干渉し合うため、ザイオンは元より、米田には更に負担を強いたはずだが、それでもそうしなければカフェに居る全員がただでは済まない威力だった。
これで無傷ならばバケモノだ、と土煙が収まるのを待った華維人と獣田は、そこに居るはずのない人物を見た。
先ほど、階段の踊り場で蹲り、震えていた──
(ケイト……! やはりだめだったか……!)
魔法少女ケイト。元強強ヴィラン。
一年前、魔法少女たちの愛の力で浄化され、以降、特例法に基づき拠点配属六人目の紫となった。
ケイトの他にも、過去同じようにヴィラン陣営を離れた魔法少女たちは居た。だが彼女だけは、浄化をもってしてもヴィランに──否、ワルプルギスに傾倒するきらいがあった。
先ほどもだ。「お姉様」と小さく呟き震えていた。その危うさに、蒼井の元での待機を命じたが……。
彼女は、ワルプルギスと思わしき敵と背中合わせに立っていた。そして、倒れ込んだレテを抱きとめ、そのまま消えたのである。──敵とレテ諸共に。ブリュンヒルトの牽制攻撃も間に合わなかった。
誰にも気づかれずどうやってあそこへ、と思ったが、ケイトはヴィラン時代も現在も主にバフやデバフを操ったことを思い出す。皆の視空間認知に干渉したか。
(だとしたら、そもそもあの元凶を直前まで誰も感知できなかったのも……?)
わからない。今は全て推測の域を出ない。そして、今気にするべきはそこにない。
階段を下りれば、カフェ一階は既に紛糾していた。
「──ケイトは大事な仲間だよ!」
「そうだけど……! あの子が敵の防御力を上げたのは明らかじゃん!」
「逆に、ブリュンちゃんとレテちゃんの方にバフ効果をかけに行ったってことも考えられない? あの特攻の威力見たでしょ?」
「だったらどうしてレテを抱えて敵と仲良く消えるのよ!」
「何か理由があるんだってば!!」
「でも……ケイトちゃんにあの攻撃から身を護る能力なんてないはずだよ……なら敵が、あの子のこともガードして護った……としか……」
「敵に操られてた可能性もあるわ」
「ねぇ、結界がヤバいよぉ! それにもケイト絡んでないよね!?」
「レテさん無事じゃなかったら……どうしよう……」
「もうわけわかんない……っ。なんでこんな事になるのよ……!」
少女たちの不安と混乱が爆発していた。
華維人が危惧していたのはまさにこれである。
ケイトの本心は本人のみが知るところでしかなく、レテの安否も気がかりだが、何よりまずいのが、今のを他の魔法少女たちが目撃してしまったことだ。
テラスにいた全員が証人である。状況証拠だけならば、華維人から見ても言い逃れは苦しい。
──紫の魔法少女が裏切った。
その衝撃と動揺がこの場に潮騒のように渦巻き、冷静さを失わせている。
獣田も、今はさすがに口を重く閉ざしている。仮にも自陣営に引き取り、心を砕いてきた子だ。ショックを受けぬはずがない。
カウンターに凭れ腕を組む戸井が、どうする、と視線で問うてくる。今この瞬間も、鳥は狂ったように鳴き、結界は破壊され続けている。ザイオンがジェイドと共にテラスからの監視を維持しているうちは、まだ少し余裕はあるというところだろうが。
目下最大の問題は結界だ。その優先順位を間違えればカフェ拠点は壊滅する。
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