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キョム子、なんて褒められたニックネームなわけがないこと、由梨も玲奈も、自覚はしてるはず。でなければ、私のことをキョム子と呼ぶときに、二人で目を合わせたりわざと語尾を伸ばしたりなんかしないもの。
お昼休みも、遠足も、中学二年に進級してから私達三人はずっと一緒に行動するのが当たり前だった。新学期早々、一人窓の外を眺めていた私に由梨が声をかけてくれたから、森田さんみたいにクラスで浮かずに済んでいるわけで。でなければ一年の時に仲良かった子と離れ離れにさせられた自分の運の無さを嘆き、ある意味神とも言える教師陣を今でも呪い続けていたことだろう。陰で馬鹿にされていたり、あからさまに無視されている人達に比べたら、私はかなり幸せな方だ。二人はただ、語呂の良さをお気に召しただけで、私の個人的な気持ちで軋轢が生まれたりなんかしたら、絶対に後悔する。
「キョム子って男子に冷たいよねー。うちらの前では結構笑ってくれるよね、嫌われてなくて良かったあ」
「そんな、嫌いなわけないじゃん。楽しいから笑えるんだよ」
「じゃあさっきの辻井のはつまんなかったってこと?うっは、毒舌ー」
「それはちょっと、ぼーっとしてただけというか」
だし巻き卵を一口サイズに切り分けて、口の中で数回だけ噛んで飲み込んだ。なんか今日のだし巻き、味薄い。
白身魚のフライ争奪ジャンケンが始まった。男子達が騒ぎ出し、由梨と玲奈も箸を休めて「熱くなりすぎでしょ」と座ったまま混ざりにいく。参加メンバーはいつも一緒。初戦で三人が散り、辻井と柳原の一騎打ち、観戦するガヤの熱狂も最高潮に達した。
「じゃんけんぽん!うぇーい」
両者チョキを高々と掲げ、観客を煽る。
再戦、辻井のグーが柳原のチョキをのした。
「しゃあ!総取りバンバンジー!」
どっと爆笑の渦が巻き起こった。中高生の間で流行ってるリズムネタの一フレーズを辻井が唱えれば、笑いが起こる仕組みが既に出来上がっていた。大袈裟に悔しがる柳原の背を叩きながら、小物感のある生意気な表情を浮かべた辻井の右人差し指が私を指した。
……あー最悪。私が笑ったか確認してるんだ。これからも逐一監視されるなら、気なんか抜いてられない。
「めっちゃ見てるって、ウケる。辻井キョム子のこと好きなんじゃね?」
「いやあ……それはないわ」
辻井や、その周りの人たちは、賑やかで楽しげなクラスの雰囲気作りに一役買ってるのは理解できるけれど、いつも後になって「今笑うとこだったんか」と気付かされる。多分、波長が合っていないのだろうし、私は絶対の自信が態度に滲み出ている辻井のような男はタイプではない。だけど恋だの愛だの泥沼だの、なんでも恋愛話に繋げがちな玲奈は止まる気配がなかった。
「キョム子美人だし絶対モテるのに、彼氏作らないの勿体なくない?私服だってさあ、めっちゃ大人っぽくてお洒落だし。辻井がダメなら緑川とか?あいつもおもろいし、お似合いだと思うけどなあ」
「別にモテないし、緑川もないよ」
「そうかなあ?ねえ、由梨もそう思うよね?」
「……は、何?」
あっ。
口の中に残っていた粉々の揚げ物を慎重に飲み込むと、凍てついた半径三メートル内の空気の中で懸命に頭に血を送る。目こそ合わせられないけれど、私と玲奈の間には一時的な平和協定が結ばれた。だけど、こういう時私は金縛りにあってしまって打開策なんかてんで思いつかないから、必然的に険悪な空気に耐性がない玲奈が反射的に斬り込むのだった。
「ごめん。ほら、モテるって言っても、海老沼は絶対由梨の方がお似合いだし」
「なんで謝ったの?今、海老沼の話してなかったじゃん」
ああ、間違えた。由梨はあからさまに不機嫌な顔をしたまま、隠し持っていたスマホをいじり始めた。玲奈が再び「ごめん」と溢すも、由梨は聞く耳を持っていない様子だった。
二人だけで盛り上がってたから?
海老沼たちグループの話をしたから?
玲奈が目だけで「どうしよう」と叱られた子犬みたいに私に救済をもとめてくるけど、私だってわからない。
私は美人でもお洒落でもないし、服やメイクなんかは全部由梨の影響でそれらしくなったんだよ。玲奈はああ言ったけど、私は本当にモテないよ。私が海老沼を狙うことだって、絶対にあり得ないよ。
自分を下げる言葉で取り繕う考えられる限りの対応を頭の中では何回もシミュレーションしたけど、それこそ烏滸がましい気がして余計に状況が悪くなる予感がした。
「そろそろ昼休み終わるし、片付け、行こ?」
結局、問題の根幹には触れることができずに下手くそな繋ぎ文句で話を逸らした。由梨は何も言わず、目も合わせず、椅子をワックスが剥がれんばかりに強く引いて、一人で先にトレーを片付けに行ってしまった。椅子が床と擦れる劈くような音が胸にまで届いて深く刺さったまま、私は空っぽになった平皿に意味もなく視線を落とした。
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