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『これは失くしちゃだめだよ。母ちゃんが大事にしてたもんだからね。私達姉弟の宝物だよ』
姉ちゃんの言葉が脳内に響く。俺はゴクンとつばを飲み込み、懐に手を入れた。
「で、でも、これならある!」
意を決して大事に持ち歩いていた指輪を出し、店を閉める準備をしていた老人に見せると、老人の眉がピクリと動いた。
俺の手のひらの上で指輪の緑の石がキラリと光る。
「これ、高いんだろ? エメラルドって宝石だって姉ちゃんが言ってた。これで薬を売ってくれ!」
「盗んだんじゃないんだろうな?」
ジロリと睨む老人を俺も睨み返した。
「違う。母ちゃんの形見だ」
「いいのか? 形見を手放して」
「そんな指輪より姉ちゃんの方が大事だ。俺のたった1人の家族なんだから!!」
老人は溜息を小さくつき、指輪を手に取った。じっと指輪を見つめた後、しばらく黙り込んでいたが、机の引き出しからゴソゴソと小さな麻の袋を取り出し、ポンッと投げる。
「熱冷ましの薬だ」
俺は投げられた袋を両手で握りしめ、薬種屋を出た。
町外れの家まで、走って、走って、走って……雨がどんどん酷くなっても走る速さは緩めない。いつの間にか膝の痛みも忘れてしまっていた。
待ってろ、姉ちゃん。待ってろ。
やっと町外れの家に辿り着き、扉を開ける。
「姉ちゃん!! 薬だ! これで楽になれるぞ!!」
声を掛けながら、ベッドに寝ている姉ちゃんに駆け寄った。
「姉ちゃん、寝てるのか?」
心配になり、姉ちゃんの手に触れる。俺の体中の力が抜け、ずっと大事に大事に握りしめていた薬の入った麻の袋をポトリと床に落としてしまう。
姉ちゃんはベッドの上で冷たくなっていた……
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