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リリリリリリリリリリ……シリシリシリシリシリシリシリシリ……シリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリシリ……
川の流れを覆うように茂った草が風に揺れた。水面が揺れると川底の石ころがゆっくりとカラカラと音を立てて移動した。
草が生い茂る水際から伸びる影の奥底にゆらゆらと人影が見えたかと思うと,川底の石ころが誰かが蹴ったようにコロコロと音を立てて不自然に動いた。
シリシリシリシリシリシリシリシリ……シリシリシリシリシリシリシリシリ……
激しく鳴き騒ぐ虫の音が一切の音を掻き消した。そして突然,麻由と莉子の視線の先に騒音のなかで水に浸かる人影がくっきりと浮かび上がった。
濡れた身体は傷だらけで,あちこちの皮膚が裂け,腰から下には何かが絡みつき異様なシルエットが川の中に沈んで見てた。
水面が夕陽を反射すると,茂みの中にいる人影が照らされ,苦しそうな表情で麻由と莉子を睨んでいた。
睨んでいる影の下半身には水の中に沈んだもう一人の姿が見え,助けを求めるようにしがみついた腕を爪が食い込むほど強く掴んでいるのが見えた。
水の中で苦しそうにしながら腕を掴んでいるのが井関だとわかった瞬間,その腕の持ち主の濡れた全身に夕陽が当たった。
シリシリシリシリシリシリシリシリ……シリシリシリシリシリシリシリシリ……
「え…………ねぇ,麻由…………あれって…………野村じゃない……? ねぇ,なに? ねぇ,怖いよ! ねぇ,なにあれ!?」
シリシリシリシリシリシリシリシリ……シリシリシリシリシリシリシリシリ……
悲痛に歪みながら麻由と莉子を睨みつける野村の顔が一瞬見えたかと思うと,後ろから細い指が伸び,鋭い爪を立てて野村の顔を鷲掴みにしたかと思うと茂みの中へと引き摺り込んだ。
「はっはっ……やっぱり! 不思議と満たされてた理由がわかった! 私,野村が死んだ時からずっと満たされてたの! どうしてなのかわからなかったけど,いま確信した!」
野村と井関の影が激しい虫の音に飲み込まれながら闇に消えていくと,二人がいなくなった真っ黒い影のなかをゆっくりと振り返る小さな顔が浮かんだ。
「え……えええ…………? あれ? え? 麻由……? なに,なに,あれ? え? なんで麻由がもう一人いるの? ねぇ怖いよ! なんで怖いよ!」
麻由は静かに鼻歌を歌いながら指先をくねくねと動かし,真っ黒い影のなかで野村を抱きしめて酷く歪んだ笑顔を見せる人とは思えないもう一人の自分の顔を遊歩道から眺めていた。
シリシリシリシリシリシリシリシリ……シリシリシリシリシリシリシリシリ……シリシリシリシリシリシリシリシリ……シリシリシリシリシリシリシリシリ……
「はっ……ははっ……やった……やった。もう誰にも渡さない……独占できる! 私だけのもの! もう絶対に離さない!」
シリシリシリシリシリシリシリシリ……シリシリシリシリシリシリシリシリ……シリシリシリシリシリシリシリシリ……シリシリシリシリシリシリシリシリ……
夕陽がゆっくりと闇世に消えていくと,緩やかな川は墨汁を流したように真っ黒に染まり,辺り一面に酷く重たい息苦しい空気が広がり麻由と莉子を包み込んだ。
月明かりすら届かない真っ暗な遊歩道の上で腰を抜かして座り込む莉子と,嬉しそうに顔を歪める麻由を夏の終わりを告げる虫の音が息をする隙間さえなく埋め尽くしていた。
シリシリ……シリシリシリシリシリシリ……
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