最終話 言わずに後悔した言葉

2/4
66人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ
 私は、幸知のことがあって、自分を変えようと奮起した。変えるというよりは、心に余裕を持たせようと思ったのだ。  今まで、熱中するものを持ってなかった私だから、三十歳になった節目に考えるのが結婚しかなかった。それが世間的には標準的なことだから。  でも別に、三十歳の節目に何かをしようと思うのなら結婚じゃなくたって別のことでもいい。私は、結婚に焦っていたし今だって焦っていない訳じゃない。でも、誰でもいい訳じゃないって気が付いたらフッと肩が軽くなった。  だって、焦って探したって嵌る相手とは限らないことがわかってしまったのだ。だったら、もう自然と嵌る出会いを気長に待つしかないと開き直れてしまった。  これが良いのか悪いのかなんてわからないけれど、開き直れたことが成長だよなって私は思う。  そう思って最初にしたことは、幸知に会って思い出した料理とお菓子作り。作って誰かに食べてもらうことが好きだったのだと思い出せたから。  せっかくだから、ちゃんと料理教室と製菓教室に通おうと決めてすぐに入会した。それまで週末は、特に予定もなくグータラするだけだったけれど、月に数回料理教室に通うようになった。  たったそれだけの変化だったけれど、新しい友達もできたし他のことにも目が行くようになった。綺麗に盛り付けができるようになったら食器も凝りたくなった。  蘭や七菜香を招待して、手料理を食べてもらって「美味しい」って言ってもらうことが楽しくて嬉しくて熱中できることが見つかって生活に彩りができた。  私なりに、この三年間でちょっとは成長できたと思う。他に男性との出会いはなかったのかと言われると、無いこともなかったけれど……。  幸知を超える出会いがなかったし、きっと私はまだ心のどこかで忘れられない。  定時を過ぎたオフィスで資料作成に奮闘していると、鈴木さんが外回りから帰ってきたのか疲れたようにドカッと椅子に座った。 「お疲れ様です」  鈴木さんは、ネクタイを緩めて私の方を向いた。 「あれ? 今日、早く帰るって言ってなかった?」 「そうなんですけど、約束していた友達から遅くなるって連絡きたので、それなら私ももう少しやって行こうかなって」 「そうなの? でも結構遅いじゃん。もう行きなよ」  鈴木さんが、時計を見てびっくりした顔をして言った。確かに、時計の針はもう20時をさそうとしている。  実は、今日は仕事終わりに蘭と会うことになっている。蘭の話だと、終わりそうになったら連絡するということだったからその連絡を待っていたのだ。  だけど、スマホを見てもまだ連絡がない。でも恐らく、もうすぐ連絡が入るだろう。 「じゃー、そうさせてもらおうかな……」 「おう。気を付けて帰れよ」  私は、作成途中の資料を保存するとパソコンの電源を切った。鞄を取って立ち上がる。 「お先に失礼します」 「おーお疲れ様」  私は、オフィスを出て会社の出口に向かう。そもそも蘭は、何の用なのかと疑問が沸く。今日は、まだ木曜日で週の後半だけれどまだ明日も会社がある。そんな曜日に急遽呼び出されることなんて今までなかったのに……。 (もしかして結婚の報告とか?)  でも、蘭の考えが変わったようなことは言っていなかったし。彼女は、今の生活を謳歌しているからわざわざしたくないことに足を踏み入れそうではなかったけれど……。  
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!