最終話 言わずに後悔した言葉

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 私は、とても小さな声で呟いた。目の前にいることが信じられなくて、目を見開いて止まってしまった。  そんな私を見ている幸知は、ニコッと無邪気な笑顔を零し私の隣に無理やり座った。 「え?」  私は、突然のことで全く意味がわからずに動揺してしまう。 「咲さん、久しぶりですね。遅くなって本当にすみません」  ほとんど距離がなく、私の顔の目の前に幸知の顔がある。三年前よりも、幼さがぬけて男の人になっている。  スーツを着こなして、大学生とは違った社会人としての雰囲気をまとった彼は色気さけも漂っていた。 「何で? 蘭は? どうして幸知君が来るの?」  私は、幸知の顔を直視できなくて正面を向いて問いただした? 「すみません。七菜香さんに相談して蘭さんに協力してもらったんです」 「え? もう、全然意味がわからない。そもそも何で、七菜香と連絡とってるの?」  私は、軽くテンパってしまう。七菜香と連絡を取り合ってたってこと? いつから? 私に隠れてずっと? 嫌な考えが、頭の中を駆け巡る。 「咲さん、ちゃんと説明するので落ち着いて下さい」  幸知は、私とピタッとくっつくように座っているのにこっちを向いて私の手をギュッと繋ぐ。私は、一体なんでこんなことになっているのか全く状況が理解できない。 「わかった。わかったから、ちょっと離れて。向こう座って」  私は、幸知に握られた手を抜いて彼からちょっとでも離れようとベンチシートの一番端に座り直そうとおしりを上げようとしたのに……。幸知に、ガッと腰を持たれて止められる。 「嫌です。咲さんは勝手にいなくなるから駄目です」  幸知の笑顔に圧を感じ、とらえようのない怖さを感じる。私は、諦めて大人しく話を聞くことにした。 「もう、わかったよ……。どうしたの一体……」 「咲さん、まだ咲さんの隣って空いてます? 空いてなくても無理やり座りますけど!」  幸知の言う隣とは、きっと席のことじゃないだろう。 「一応聞くけど、席のことじゃないよね?」 「そうですね。一緒にいられる権利のことです」 「…………空いてるけど……」  私は、この展開についていけずに唯々驚いて戸惑うしかできない。 「良かった」  幸知が、心底ホッとしたようにヘラッと可愛く笑った。そして、もう一度手を握ると改めてギュッとした。  私の心臓は、さっきからドキドキしっぱなしなのに更にドクンっと大きな衝撃が走る。できることなら走って逃げたいくらい。幸知に逃げ場を封印されているので、自分の胸の衝撃に耐えるしかない。 「咲さん、三年前に俺に聞きましたよね? それって恋なのって。答えが遅くなっちゃったけど、自信もって言います。あの時は、間違いなく恋でした。それは今も変わらないです」  幸知は、さっきとは違って真剣な表情になった。 「でも……。あの後、なんの連絡もなかったし……即答できなかったってことはそうじゃなかったってことじゃないの?」 「違います。俺が子供で、未熟だったのは認めます。だけどあれから三年間、ことあるごとに咲さんの言葉を思い出してました。美味しい物を食べたり、綺麗な物を見たり、感動する話を聞いたら、咲さんに教えてあげたいって常に考えてました。これが恋じゃなかったら、一体何なんだよって気づくのにだいぶ時間がかかってしまって」  幸知が、甘えたようにコテンっと私の方に自分の頭を乗せた。 「気持ちに気付いても、今の自分じゃ駄目だってわかって。咲さんが言ってた十歳差のズレを何とかしないとって。俺、大学の最後の一年間は自分でもよく頑張ったと思います。あの一年間がなかったら、今の自分はいないですし……。一生懸命走ったので、大きなズレじゃなくなってます。今だったら二人で補えあえます」  私は恐る恐る幸知の顔を見る。三年前の彼よりも、自信に満ちていて私のことを真剣に考えてくれている顔だった。  こんな風に甘え上手なのは変わっていない。それは、相変わらずズルい。 「えっと……ってことは、どういうこと……」  三年前の私の問いには答えてもらった訳なのだけれど……。私はそれに対して何ていえばいいのかわからなかったのだ。 「今度こそ彼女になって下さい」  幸知は、頭を上げて私の顔を正面からみるとはっきりとそう告げた。  私の顔はきっともうずっと赤い。だけど私の中では、さっきよりも数段真っ赤になっている気がする。  だって頭の先からつま先まで、胸のドキドキに押しつぶされて熱を帯びている。こんな真剣な告白から逃げられるほど、私は場慣れした女ではない。  それにもう、逃げたくないって心が叫んでる。だってまだ、私の中にも幸知がいる。ずっと忘れられなくて持て余していたのだ。恋なんてもうわからないと濁すほどに。 「よろしくお願いします」  私は、それだけ言うのが精一杯。私の言葉を聞いた幸知は、パーっと顔を輝かせてそれは嬉しそうに笑顔になった。 「良かった」  そうポロっと零した言葉と共に、緊張の糸を切ったみたいだった。そんな彼を見て私は、ずっと言いたかった言葉を思い出す。言わずに別れたことをずっと後悔していた。  今、言わなかったらまた言えないかもしれない。 「ねえ、幸知君」 「はい。咲さん」 「私ね、幸知君のこと好きだよ」  言えずに後悔していたから、やっと言えたと笑みが零れる。 「咲さん! 何で、咲さんが先に言うんですか! もう、だから咲さんはいつも俺を翻弄する。酷いです!」  幸知が、訳の分からない理屈で怒り出す。 「そんな訳ないでしょ。いつもドキドキさせてくるのは幸知君じゃん!」 「もう……。またそんなことを……」  そう言って、私の肩に頭を乗せたかと思うとチュッと首筋にキスされた。 「ちょっちょっと」 「咲さん、ずっと好きです。覚悟して下さいね。俺、もう我慢しないんで」  幸知の目が、獲物を捕らえたようなギラついたものに変化した気がする。私の胸はもう限界点を超えていた。 「もう無理! 離れなさい」 「嫌です」  閉店間近の喫茶店。もうほとんどお客のいない店内の一番奥では、このお店の人気商品ビッグパフェより甘いカップルが誕生した。  きっと私は、今までよりもずっとこの喫茶店が好きになる。彼氏になった幸知と、くだらない問答を繰り返しながら幸せを噛み締める。  きっとこれから、幸知と二人で知らなかった幸せを知っていく。そんな予感がしてワクワクした。 完 ☆あとがき 最後までお読み頂きありがとうございました。 初めての現代物の恋愛でした。自分ではとても楽しく書くことができたのですが……。読者様がどう感じて頂けたのか、気になるところです。 感想、スター、ペコメ、ぺスタ、次回作の参考になります。
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