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隣の幸知は、まだ納得がいかないのかジトっとした目で私を見ている。
「そんな怒らない。ほら、お腹空いてるでしょ? どんどん食べて」
私は、テーブルの上の食べ物を進める。不機嫌になっても仕方ないと思ったのか、今度はホットドックに手を伸ばしている。
「俺、わりと今まで親の言うこと聞いて真面目にやってきたんです。高校の時に音楽と出会って、受験だったから一回封印してたんですけど……。大学に無事に合格してからは、解放されたって言うか……。歌ってるのが楽しくて、それ以外はどうでもよくなっちゃって」
幸知は、今の自分を客観的に振り返っているのかどこか遠くを見ているみたいだ。
「いいね。私さ、漫画とか小説とか読むことが好きってだけなのよ。何かを学ぶとか、練習するとか毎日やり続けなきゃいけないってことが苦手なの。唯一、読むことだけが私の好きなことなんだよね。だから、歌ってるのが好きっていいと思うよ」
「でもそれは、所詮趣味の範囲ではって前置きが入りますよね? 仕事としてシンガーソングライターなんて無理だって、親を始めみんなから言われます」
幸知は、自分が言った言葉に落ち込み出した。私はそんな彼を見て、二十代前半らしく生きてるなって感じる。
夢があるけど、周りに認めてもらえなくて、でも諦めきれなくてもがいている。将来、自分がどう生きたいのか考えて、悩んで、傷ついて、でも答えが出なくて悶々とする日々。
「私はさ、親でもないし友達でもないから正直に言うけど。どうしても諦められないなら、夢に向かって行動してもいいと思うよ。むしろ、した方が良いと思う。幸知くんはさ、シンガーソングライターになるために何かしてることはあるの?」
私は、ちょっと真剣な顔で話す。こんな年だけ食っているお姉さんだけど、一応先輩として言えることはある。
「大学で軽音部に入ってて、そこで活動してます」
幸知は、真顔になって答える。
「なるほど、具体的にはどんな活動なの? ライブやったりして、実際にお客さんの前でやるの?」
私は、さらに質問を続ける。
「えっと、お客さんの前でやったのは文化祭の時の二回だけです」
幸知は、お客さんという単語に敏感に反応した気がする。なぜか、さっきとは違って自信がなさそうだ。
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