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「なるほど」
小説や漫画でよくある描写だなと、口には出さなかったけれどそれが素直な感想だった。お父さんも極端過ぎるけど、彼のこの甘い感じを知っているのなら大人として納得してしまう。
でもそれを、彼のような若さをもった子に言ってもわからないだろう。
「ん-。お父さんさ、夢があるなら叶える努力っていうか、姿勢っていうかそういう本気さが見たいのかもよ。幸知くんの話だけ聞いてると、シンガーソングライターになりたいのはわかるけどそれに向かって実際に動いてないよね。練習だけしてても、家で曲作ってても世に出してなきゃ人に聞いてもらってなきゃ、シンガーソングライターに近づかないよ」
私は、慎重に言葉を選んで幸知に伝えた。夢を持っているってことは、素敵なことだ。だけど、将来を決めるこの大切な時に想いだけ持っていても駄目だって知って欲しかった。
幸知を見ると、肩を落として落ち込んでいる。
「ごめん。言い過ぎたかな? でも私、反対してる訳じゃないからね」
幸知が、顔を上げて私を見る。
「俺、自分でもわかってて……。父親にああ言われたの、ただ図星で悔しかっただけなのかもしれないです。藤堂さんに、ズバッと言ってもらえてスッキリしました」
幸知が、複雑な想いを抱えながらもちょっとだけ表情が明るくなっている。このくらいの年の子が、一度は通る想いだ。
私だって、幸知ぐらいの年の頃は将来どうやって生きていくのか漠然とした不安があった。
少しは頭の整理ができて落ち着けたかなと、私は訊ねた。
「とりあえず、今日は帰る? 雨にうたれて少しは冷静になった?」
人に話して少しスッキリしたなら、帰るって言うかなと淡い期待をしたけれど……。
「えっ、泊めてくれるんじゃないんですか?」
幸知が、裏切られたように悲しそうな顔で私を見る。だって、生死に関わるような大事じゃなかったし帰ろうと思えばまだ帰れる。まあ、本人も落ち着いたみたいだし良かったけれど……。
「遅いからね、今日は泊めてあげるよ。でもさ、明日はちゃんと学校は行かなきゃ駄目だよ。それは約束して。学校だってタダじゃないんだから」
私は、それだけは幸知に約束させる。幸知も渋々それには頷いていた。
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