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「別にいいよ。そんな大した金額じゃないし。わざわざ面倒臭いでしょ?」
私の正直な気持ちだった。幸知は、スマホも持っていなかったので連絡先も交換できない。私の番号を教えておけばいいだけなのだけど……。
でも、なんとなくこの出逢いはこれで終わりでいいのでは? と私は思う。私の気まぐれが起こした出会い。特に交わる必要のなかった二人だ。
「そんな寂しいこと言わないで下さい。俺、話聞いてもらえて凄く嬉しかったです。俺の周りって、否定的なこと言う人ばかりでまともに取り合ってくれないから……。藤堂さんみたいな人って初めてです」
幸知が、私の頭上からとびきりの笑顔を溢す。何て言うか……普通に格好いいのよこの子……。話すと真面目で爽やかなのに、昨日の雨に打たれていた時の顔が本当に別人で不思議だ。
「幸知君から見たら、ただのおばさんだよ。楽しい二十代を送りなよ。体力も気力も有り余ってるでしょ? 色々な経験をしたらいいよ」
私も、幸知の笑顔につられたのかふふふと笑みを溢す。
「おばさんなんかじゃないです。本当ですよ? あの……咲さんって呼んでもいいですか?」
幸知は、嫌がられないか不安そうに私の顔を覗きこむ。朝から止めて欲しい。年下の男の子が可愛くて心の中で悶えてしまう。
「ありがとう。そう言ってくれるなら嬉しいです」
私は、顔に出さないように心の中で「平常心」と何度も唱える。そして私たちは、関内駅につくと駅の入口で別れを告げた。
「じゃあね。頑張ってね」
「はい。咲さん、色々ありがとうございました。俺、ちゃんと頑張ってみます」
結局、連絡先は交換しなかった。
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