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六話 日常
幸知と別れた日に、駅まで一緒にいたところを隣の席の鈴木さんに見られていて会社に着いた時に揶揄われてしまった。
「藤堂って、あんなに若いのと付き合ってんの? どこで知り合うの?」
席に座った私に、ボソッと小声で訊ねてきた。
「違います。彼氏ではありません。拾っただけです」
「は? 拾ったって? 何々? 面白そうなんだけど」
鈴木さんが、興味津々に食いついてきたけれど私はクールに流す。
「教えませーん。ほら鈴木さん、営業会議始まりますよ!」
私がそう言うと、鈴木さんは渋々席を立って会議室へと歩いて行った。まさか見られていたと思わなくて内心ではびっくりだ。
でも、仕事が始まれば鈴木さんのことだ、きっと忘れるだろう。そして私自身も、いつもの生活に戻れば幸知とのことを忘れていく。
いつもの生活を送る中で私の中にあったのは、三十代をどう生きていくかということ。二十代は、若さと時間がたっぷりあってその時の楽しさの為だけに生活していた。
だけど三十代を迎えた私は、この節目の年に大多数が通るだろう結婚についていつも頭を悩ませていた。
誰からも何も言われない一般的な生き方を選ぶなら、好きな人と結婚して子供を産んで家族を作る。でもそれって一人でできることじゃなくて、相手が必要だから自分の思い通りにことが運ぶなんてことはない。
じゃあ、このまま独身で一生を終わらせるのかと聞かれてもそんな勇気は私にはない。というか、結婚はしてみたい。それが正直な気持ち。
実家に帰ると、お決まりの「結婚しないの?」という質問が母親から飛んでくる。結婚したいと思っている私でさえ、この質問には堪えるものがある。
今はもう、結婚しない選択肢が珍しくはない。だけど母親世代は、わかってはいるのだろうが魂に刻み込まれているのか「結婚して当たり前」が抜けきれない。
顔を合わせる度に言われるのは辛い。そんな出会いが私にはなかったんだから仕方なくない? っていつもむくれてしまう。
特別可愛いとか美人ではない私は、俗にいうモブ的存在だと思う。どんな子だった? ってのちに質問されたら、普通? かな? って言われてそう。
肩よりちょっと長い髪色は、地毛のままの黒。だって、一度染めると小まめに染め直さなくちゃいけなくて面倒臭いし……。
服の趣味も、無難な物を購入しがち。特別おしゃれが好きで、洋服に拘りがある訳でもない。うちの会社は、私服だけどカジュアル過ぎにならなければ煩く言われない。
だから外見だけみたら、きっと印象に残らない。そうなってくると、お付き合いするってなるにはある程度の交流期間があって、私って人を知ってもらうしかないのだ。中身を好きになったってやつ。
外見で優位に立てないと、好きになってもらうまでのスパンが必要。二十代は、彼氏欲しさに合コンや飲み会に積極的に参加していた……。
残念ながら選ばれる女にはなれなかった。可愛いを演出できない私に、問題があるのはわかっているけれど……。自分には似合わないと思ってしまう。
そんな悩みを抱えている日々。代り映えのしない毎日を積み重ねていたら、段々と幸知のことも記憶から薄れ始めていた。
お金を返しに来ると言っていたけれど、何の音沙汰もない。だけど私は、別にそれでいいと特に気にもしていなかった。
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