二十九話 デート③

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 夕飯は、お肉が食べたいという幸知のリクエストからハンバーグ屋さんにした。一度、七菜香たちと行ったことがあるそのお店は、予約していなかったけれど運よく空いている席があり待たずに入れることになった。  そのお店のハンバーグは、肉厚でナイフを入れると中から肉汁がジュワーと染み出てくる。一口口に入れると、お肉の甘味が口の中に広がって濃厚な旨味成分が舌を刺激する。  お肉の味が口の中に残っている内に、ライスを頬張る。間違いなく美味しい。 「んー美味しーい。ハンバーグとライスの組み合わせって最高だよね。美味しくて本当に幸せ」  私は、自分の頬に手を当ててハンバーグの美味しさにうっとりする。 「咲さんの、幸せ―ってやつ聞けて嬉しいです」  幸知は、とても貴重なものをみたように嬉しそうな顔をしている。私は、しまったと口に手を当てるが遅すぎる。  七菜香たちと食べている時のように完全に油断してしまった。ハンバーグの美味しさに勝てなかったのだ。 「今のは忘れて!」 「駄目ですよ。絶対に忘れないです」  幸知は、はっきりと言い切る。そんなこと言わないで、さっさと忘れて欲しい。私は、恥ずかしさから話を変えた。 「そういえば、幸知君。肝心の文化祭の感想言ってなかったよ」  幸知は、ハンバーグを食べる手を止めて私の顔を見た。 「そう言えばそうですね。なんか、話すことがたくさんあり過ぎて忘れてました」 「だよね。今日は、一日一緒にいるからかな、今まで話さなかったことたくさんしゃべった気がする」 「ですね。俺、凄く楽しいですもん。で、どうでしたか?」  幸知は、目をキラキラさせて聞いてくる。 「すっごく格好良かった。当たり前だけど、歌上手だったし。何より、幸知君のファンがたくさんいてびっくりした。ファンクラブもあるって言ってたよ」 「え? 誰が言ったんですか? ファンクラブって言っても、大学のごく一部ですよ」 「んーと。受付にいた男の子。ちょっと話したの」 「裕也か……。なんか変なこと言ってませんでした?」 「えっ? 言ってなかったよ」 「ならいいんですけど……。あの、咲さん……。オリジナル曲の歌詞はどうでした……?」  今まで普通に会話していた幸知が、なぜか聞くのをためらっているような感じだった。 「えっ? 歌詞? …………うんとね……。ごめん、一瞬だったから歌詞まで覚えてない……」  私は、顔の前で手を合わせて謝る。恐る恐る幸知の顔を見ると、ちょっとふてくされたみたいだった。 「ですよね……。いいんです……気にしないで下さい」  幸知は、突然落ち込んでしまったのか俯きがちにハンバーグを食べ始めた。 「えっ? ごめん。怒った? 私、歌はそこまで詳しくなくて、あまり聞く習慣がなくて……」  私は、幸知が落ち込んでしまったことが申し訳なくて居たたまれない。
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