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「違います。怒ってないですよ。大丈夫です」
幸知は、顔を上げて笑ってくれた。怒ってないと言ってくれてちょっとホッとする。でも、たぶん望んだ答えを言ってあげられなかったのだろうと申し訳ない気持ちは残る。
「あのね、歌詞は残ってないけど。幸知君から目が離せなかったのは本当だよ。聞き終わった後も、幸知君の声がずっと耳に残ってる気がして、さっきみたいにちょっと放心しちゃったもん」
私は、あの時感じた高揚をできるだけ言葉にした。上手く言い表せる言葉が見つからなくて、無難な言い方になってしまったけれど……。
「嬉しいです。咲さんの中に残れたなら、歌って良かった」
幸知は、嬉しさを噛み締めているみたいだった。私の言葉を、そんなに喜んでくれると思ってなかったのでちょっと恥ずかしい。
「うん。こちらこそ、聞かせてくれて嬉しかった」
私も、ちょっと恥ずかしかったけれど幸知の顔を見てそう言った。そしてちょっと間を置いてから思い切って口にする。
「あとね……。歌い始める時、私のこと見てくれた? 気のせいだったらごめん……」
幸知を見ると、恥ずかしそうに眼を逸らす。
「気づいちゃいました? 本当に来てくれるか分からなかったから、咲さん見つけて嬉しくって」
私は、間違いじゃなかったのだと嬉しさを噛み締める。二人で目を合わせると微笑み会った。幸知も珍しく、ちょっと頬を赤くして照れているみたいだ。
店内は、満席で入り口に待っている人の列ができていた。だから私たちは、ハンバーグを食べ終わると長居することなくさっさと店を後にした。
お店を出たところで、幸知がおずおずといったように訊ねてきた。
「咲さん」
「ん?」
「もうちょっとだけいいですか?」
断られた悲しいと目が言っている。
「大丈夫だよ。夕飯食べるの早かったから、まだそんなに遅くないし」
「良かった。じゃあ、山下公園でも歩きませんか?」
「いいよ。夜の山下公園なんて、久しぶりだ」
私は、最後に来たのはいつだろうと考えるが全然思い出せない。おそらく、昔付き合っていた人と来たはずだけれど……。そう思っていたら、幸知が手を差し出してきた。私は、自分の手を重ねる。
いつの間にか、手を繋ぐことに違和感がなくなっていた――――。
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