9月 ハル君とわたし

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階段を上がり、廊下の先に見えた「2−3」の文字に、わたしはそっと深呼吸をした。 1ヶ月ぶりに開ける教室の扉が重たく感じるのは、わたしの心に渦巻く複雑な緊張のせいだろう。 窓から流れ込む生温い風と一緒に、騒がしいクラスメイトの声が爆ぜるようにわたしを包む。 この教室の中心は窓側の最前列。 数人の男女が輪を作るその場所。 みんながその横を通り、「おはよう」と声をかけてそれぞれの場所に行く。 だから一緒に教室に入ったちいちゃんの足も迷うことなくそこへ向かい、わたしもそれに続く。 どんな風に声をかけようか。 そんなことをグルグル考えていた時、その輪の中から一人の男子生徒が身を乗り出した。 「え!?緑ちゃん髪切ってる!?」 そう叫んだのは村上君だ。 彼の一声で教室中の視線がわたしへと向けられ、ちいちゃんはその様子に「声でかっ」と笑いながら自分のグループへと合流していく。 だからわたしも急いで村上君たちの作る輪へと駆け寄る。 「本当だーいつ切ったの?」 「先週だよ」 「結構バッサリいったね!でも可愛い!」 「うんうん!一ノ瀬まじ可愛い!」 「ありがとう。変じゃなくて良かった」 「おはよう」を言うタイミングを逃したまま、みんなからの言葉に答える。 この教室の中心に自分が属していることは、今でもまだ少し慣れない。 それでも大好きなみんなに久しぶりに会えたことにホッとしながら、わたしは視線を密かに落とした。 華やぐ輪の中でいつも静かに座っている彼に、高鳴る緊張が悟られないように。 「おはよう、一ノ瀬さん」 きっとその音に色をつけたら青だろう。 春と夏のあいだの、突き抜けるような青。
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