光のなかへ

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首に縄をかけられると同時に床がひらいた。 意識がとぎれ、気がつくとおれは自分を見下ろしていた。 刑務官ふたりが大柄の自分の身体を抱きかかえている。 こうしないと縄がねじれて身体がいつまでも回ってしまうからだ。 身体の痙攣がおさまり、医官が脈をとった。 湯灌の準備が慌ただしくはじまった。 さて、とおれは考えた。 これから閻魔大王のところへ連行されるのだろう。 また裁かれるのか。冗談じゃない。 判決はどうせ地獄に決まっている。 子供を五人も殺したのだから。 逮捕から一審判決まで二年もかかったのだ。 最高裁までいったところで死ぬのが引き延ばされるだけだ。 なにもかもめんどくさくなりおれは一審で控訴を取り下げた。 それから一年後の今日であった。 おかしなことにおれの意識はまだ存在して、こうしてふわふわ浮いている。 これって幽霊というやつなのかな。 幽霊ってほんまにいるんや。 これを知れたのはなんか得した気分やな。 そうだ、あの女のところに顔出してやるか。 閻魔大王のとこに連れていかれる前に。 異例の早さだ。今日がその日だとは思っていないだろう。 極悪非道人のおれと結婚してもよいと言ってきたおかしな女。 確かにおれは女好きで、シャバにいたころは何人もと関係をもったけれど、手紙に同封された写真をみてなーんだとがっかりした。 地味な顔立ちの、はっきり言ってしまえばブスだったから。 しかしまあ、死ぬまでのヒマつぶしにつきおうてやろうか。 そんな軽い考えで婚姻したのだった。 手紙でも面会でも女がしゃべるのは今日の天気はどうのとか、今朝食べたのは何だの、眠くなるような話ばかり。 拘置所の独房で独りきり。しゃべるのは男の看守と弁護人だけ。 こんなブスで退屈な奴でも生活に女がいることはひとつの彩りではあった。 女は死刑反対活動家ではなく、死刑やむなしのスタンスではあるが、たとえ極悪人でも死ぬ前にちゃんと愛された記憶、というのを施したいらしい。 恵まれない子に愛の手を、ってやつか。 しかしおれは女の正直さに少しばかし好感を持った。 そうだ、死刑やむなしだ。 猫の話が多かった。 雨の日の道ばたで黒猫の子をひろったの。 体じゅう皮膚病で、目にも目やにがこびりついてふさがっていたけど、病院で診てもらいだいぶよくなって。 避妊手術もして、今はこんなに美猫になったのよ。 ほら、と猫の写真を見せた。 女の膝のうえで寝そべる黒猫が写っていた。 子供のころに殺しまくった猫を思い出して少しばかり胸がちく、とした。 人間の子供には何も思わないのにな。 「避妊手術て。メスの機能を奪うのは極悪やな」 「子猫ができてもアパートではもう飼えないから」 「おれのおかんも避妊手術しといてくれてたらよかったのに」 「そんなこと言わないで。こうして出会えたのだから」 くさいセリフに顔をゆがめて笑った。 この女はおれを猫と同じに思っているのかもしれない。 まあ、それでもええか。 おれは面会日を楽しみにするようになった。 ふわふわのおれは女のアパートへ行った。 アパートの場所は知らないが女のことを考えた瞬間、女が朝飯を食っている最中の天井にいた。 横の畳に黒猫がねそべっている。 おれは女と猫の周りをぐるっと三周し、ありがとう、とつぶやいた。 それから強烈な光が上からふってきた。 急速に光に吸い込まれてゆく。 閻魔大王のとこに行くんかと覚悟したが、熱い光におれが、意識が溶けてゆく。 やがてなにも見えなくなり、なにも考えられなくなった。
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