薬屋楠香堂の不思議なおくすり

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 ――は、と目を覚ます。  気がつけば千咲はいつもの竹林を歩いていた。夢の中で夢を見るとは、不思議なことというのは重なるものなのだな、なんて能天気なことを考えながらも千咲はさくさくと竹林を進んだ。  楠にはいつもの通り薬屋があった。窓の向こうにいる店主はゆっくりと薬袋を差し出す。 「今日までご贔屓いただき、誠にありがとうございました。『薬屋楠香堂』は本日で閉店となります」  店主がいつもと違う口上を述べた。それに口を挟む間もなく、千咲の前には薬袋が差し出される。 「最後のおくすり出しておきますね」  ――ああ、駄目だ。千咲は心のなかで首を振った。それを受け取ったら、止まれないのだ。千咲は薬を飲まなくてはならない。それが、どんなものであろうとも。 「待った」  千咲がそれを口に運ぼうとした時、その手を掴む人物がいた。千咲よりも少しだけ華奢な腕。視線を向けると、そこには狐面をつけたいるかがいた。 「飲まない方がいいって言ったろう」 「いるか? どうやってここに……?」 「貰った薬がなんなのか、よく見てご覧よ」  どうやってか夢の中に現れたいるかに促されて、手の中にある薬袋をまじまじと見る。  そこにはみみずののたくったような奇妙な文字で、『忘離別薬・別れの悲しみによく効きます』と書かれていた。 「これは……」  千咲は店主の方を見た。彼は困ったような顔をしていた。 「別れの悲しみは治すべき病ではない。千咲くんは、貴方の事を忘れることを望んでいない」  店主は少しばかり驚いた顔をして、それから薄く微笑んだ。その悲しげな唇がゆっくりと動く。  ――さらば、チサキの曾孫。
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