10人が本棚に入れています
本棚に追加
雨上がりの通学路は所々に水溜まりが出来ていた。
昨日の天気予報では昼まで降るって言ってた割に、ずいぶん早くに止んだようだ。もしかしたら、夢で飲んだ薬のお陰かもしれないな、なんて考えながら水溜まりを避けて走る。背中で黒いランドセルがガチャガチャと揺れた。
途中、林道の前にポツンと鎮座しているお地蔵さんに挨拶するのも忘れない。同級生には不思議なものを見る目をされるが気にしなかった。祖母がよくそうしていたのを真似していたためか、もうすっかり癖になってしまっているのだ。
「あっ……おはよう!」
前を歩く友人の姿を見かけて声をかけた。赤や黒のランドセルを背負った群衆でただ1人、茶色のランドセルを背負った友人が振り返る。中焦げ茶色のくせっ毛がふわりと揺れた。猫のようにつり上がった目が印象的な少年で、振り返った顔は人懐っこい笑みに彩られている。彼の名前を、海原いるかという。
「おはよう千咲くん……?」
いるかは怪訝そうな顔をした。まじまじと顔を覗き込んでくる。
「どうかしたか?」
「……ううん、なんでもない。気のせいだと思う」
ゆるりと首を振るので、千咲もそれ以上は気にしなかった。ちょっと不思議ちゃんなところのあるこの友人が、思わせ振りな事を言うのはいつものことだ。
いるかの隣を並んで歩きながら、今日見た不思議な夢の話をする。
「木の中の薬屋さんねぇ……随分メルヘンな夢をみるね、顔に似合わず」
「一言余計だぞ。夢の内容なんてわかるもんか」
「そうかなあ。意外と狙った夢を見れるもんだよ?」
にこにこと笑みを浮かべたまま、いるかは妙な事を言う。彼ならできそうな気がするのが、殊更に不思議だ。
「へえ? どうやるんだよ?」
「えへへ……それはねぇ」
ニヤリと揶揄うような笑みで千咲が尋ねれば、いるかはそっと彼の耳に唇を寄せた。その時だった。
「わっ!?」
「うおっ!」
大量の泥水で抜かるんだ車道を、トラックが猛スピードで駆け抜けた。跳ね飛ばされた泥水が、通学路を行く小学生たちに襲い掛かる。前と後ろで上がる幼い悲鳴。それは千咲たちも例外ではない、はずだったのだが。
「うわ~……大惨事」
気の毒そうな声を出すいるかは、少しも濡れていない。その更に外側にいた千咲もだ。
「ラッキーだったね」
「……うん」
友人の言葉に頷きながらも、千咲はあの不思議な夢の事を思い起こさざるを得なかった。
水の災いに効く、だなんて、まさか。
ゆるゆると首を振った千咲は、嘆く同級生達をすいすいと追い抜いていく友人の背を追った。
最初のコメントを投稿しよう!