薬屋楠香堂の不思議なおくすり

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 その日から、千咲は毎晩あの奇妙な薬屋の夢を見た。  竹林を抜け、薬屋にたどり着くと、決まってあの男とも女ともつかない店主が薬袋を差し出してくるのだ。 「今日のおくすり出しておきますね」  決まり文句を聞いた千咲は、いつもためらわずに口に入れる。  すると、その日のうちに細やかな”良いこと”が起こった。  例えば、『抗女難薬』を呑んだ時は、家に訪れる予定だった親戚の叔母が、急な体調不良で来なかった。千咲はこのヒステリックな叔母がとっても苦手だったのでほっとした。腹痛はすぐに収まったようだったが、多忙な人なのでしばらくは来ないだろう。  この前は『閃き促進薬』だった。抜き打ちでの小テストがあったのだが、驚くほどにすらすらと回答することができた。日々の努力の賜物だと胸を張りたいところだが、悲しいことに千咲はあんまり勉強のできる方ではない。 「今日のおくすり出しておきますね」  今日はどんな薬なんだろう、千咲はわくわくしながら薬袋を見る。 『抗人災薬・人からもたらされる災いに効きます』 「……えっ?」  書いてある内容は気になったものの、千咲の手は勝手に薬を口に運ぶ。毎晩そうだ。薬を飲まないという選択はできないし、あの奇妙な店主と話をすることもできない。自分の夢の中であるのに、なんてままならないことだろうか。  ごっくん  円形の白い錠剤を飲み込んで、千咲は目を覚ました。  その日の下校中に事件が起こった。  千咲が1人で商店街のある通りを歩いていると、後ろから悲鳴が上がったのだ。 「誰かたすけて!」  叫んでいるのは女性だった。女性は腕から血を流して地面に座り込んでいる。その近くに、刃物を持った男がいた。  あまりに突然の出来事に固まっていると、女性の悲鳴に驚いた男がこちらに逃げてきた。 「どけ! ガキ!」  男が怒鳴る。その手には血で汚れたナイフがある。  千咲はすっかり怯えてしまっていて、動くことができなかった。  振りかぶられるナイフ。  もう駄目だと思ったその時、 「おげえっ!?」  横の路地から近所のお婆さんが手押し車を押しながら飛び出してきた。お年寄りとは思えないスピードで現れた手押し車に轢かれた男は、1メートルほど横に吹っ飛び、吹っ飛んだ先にこれまた偶然走って来た出前中の蕎麦屋の自転車に轢かれた。 「ええ……?」  困惑する千咲を他所に、集まって来た大人たちに拘束され、男は警察に連れていかれた。  その時の出来事を次の日いるかに話して聞かせると、いるかは「やっぱり、普通の夢じゃなかったんだね」と訳知り顔で宣った。 「なんか知ってるのか?」 「まーね。千咲くん、何かいつもと違うなって感じがしてたから」  いるかは妙に勘が鋭い。  本人の口から聞いた訳ではないが、千咲はそれが霊感や第六感と呼ばれるものだと思っている。実際、彼はオカルトだとか心霊関係の話に詳しかった。 「僕なりに調べてみた結果なんだけど……うん、今日の放課後は一緒に帰ろう」 「なんだよ、勿体ぶるなよなあ」 「まあ、後のお楽しみってやつだよ。お友達と一緒に帰らないと、お家の人も心配するでしょ」 「お前、家の方向真逆じゃないか」  千咲の指摘に「千咲くんを送ったら迎えを呼ぶから大丈夫」といるかは笑顔で返す。山の麓の豪邸で暮らす彼は、ときたま千咲にはわからぬお坊っちゃんの片鱗を見せてくるのだった。
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