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「おや、また来たの?」
当たり前のように投げかけられた声で、私は察した。
「また来たも何も。貴女の薬が効かないから! こんな、嘘っぱちの《毒薬》を売りつけるなんて!」
床に叩きつけた薬瓶が、パン、と乾いた音を立てて割れる。怒り狂う私を見て、《どんな薬でも調合出来る》と自負する魔女は笑った。
「だって、貴女は、恋人の気を引きたかっただけでしょう? ライバルに盗られかけている、婚約間近だった男の、同情が欲しかったんだものね?」
「っ」
私には、婚約間近の恋人がいた。顔が良くて、頭が良くて、人気も地位も高い男。そんな男が私に傅く樣は中々に心地が良く、彼の恋人という肩書も、私の顕示欲を満たしてくれた。しかし、恋人は最近、異世界から来たという御子にご執心で。
私は、そんな彼の気が引きたくて、魔女から毒薬を買った。彼の経歴に、《恋人を裏切って死なせた男》という泥を塗ってやろうかと思って。でも、その毒薬を飲んでも死ねやしなくて、私は今ここにいる。
「でも、そうね」
コトリと魔女が小瓶をテーブルの上に置く。
「嘘つき呼ばわりされるのは心外だから、これはアフターサービスだけれど。これを飲めば、今度こそ貴女は死に至るわ」
「……あるんじゃないの。勿体ぶっちゃって、厭らしいわね」
「私との契約が切れる薬よ」
「え?」
ニヤリ、と魔女が笑う。
「貴女は、もう死んでいるのよ。もう少しすると、私の傀儡になる手筈だったの。でも、それが嫌だというのなら仕方がないわね。――これを飲んで、今すぐ、《白骨(あるべき姿)》に戻りなさい。貴女の代わりなんていくらでもいるわ」
自己顕示欲ばかり高くて、伽藍堂の、愚かな少女なんて。
「…………」
「まあ、でも。もう少ししたら、己の頭で考える必要もなくなるわ。好きになさい」
20230826
鳥鳴コヱス
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