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なにしろ並外れたイケメンと接する機会などこれまでなかったのだから、加減がわからなかったのである。
何となくそんな雰囲気になり抱き合った時も、現実味がなく。
私の中では嬉しさより哀しみが勝っていたように思う。
仔猫を介在して結びついていた関係は、奇妙だが特別感があった。けれど、身体の関係を持ったことで、急にその他大勢に振分けられた気がしたのだ。簡単に捨てられる存在に格下げされたような。
だって彼はいつまでも私を苗字で呼ぶ。愛猫には愛おしげに呼び掛けるのに。
腕をすり抜けるしなやかな身体に縋り付き頬擦りするのに、行為後に帰る私を引き止めもしない。
その冷めた関係に動じない風を装いながらも、私は深く傷付いていた。手酷く捨てられる前に逃げてしまえば良いのに、育ってしまった感情に足をとられ、タイミングを計れないでいる。
「こんなに可愛がっているのに、猫って気紛れだよね」
「しょうがないよ。猫の性分なんだもん。鍵をちゃんとかけときなよ。またベランダに出ちゃうよ」
「つい忘れちゃうんだよなぁ。この間はトイレに入られてトイレットペーパーでめちゃくちゃにされたし、ナーコもぐるぐる巻きでさ」
「お風呂に水を張りっぱなしなのも危ないよ」
「……俺、ナーコを育てる資格ないのかも。キャットフードの袋も破かれてばら撒かれちゃったし」
ベッドの上で、抱き上げた猫に猫パンチを食らう彼を見て、ふと、意地悪な感情が湧いた。
「そうかもね」
彼が顔を向ける。かすり傷でも負わせたくて投下したのに、食らった彼の表情を見る勇気がなく、私は顔を背けて玄関扉へ向かった。
「津島さん、今の本気で言ってる?」
背中から問いかける声に、いつものように淡々と返す。
「最期まで面倒をみる自信がないなら、誰かに譲った方がナーコの為じゃない?」
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