彼女の引力が僕を導く

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 夜になって小腹が空いたが、冷蔵庫は調味料以外は空っぽだった。  軽く身だしなみを整えて(鏡をじっくり見るとひどい顔が映りそうで、しっかり見なかった)、コンビニへと歩いた。  辺りは真っ暗だったが、まだ昼の余韻の残る暑さがあり、坂道を下るときにはうっすらと額に汗を感じていた。  自動ドアを抜けると冷たい風が僕を襲う。つくづくコンビニの冷房は効きすぎだ。  冷たい店内で、最初にスイーツ売り場で足を止めてしまった自分に苦笑した。何を買うって言うんだ。 「あれ?」  という声で振り返ると、同じ大学の斎藤(さいとう)がいた。前期の終わりに会った以来だが、なぜか斎藤はリクルートスーツだった。 「なんだその格好?」 「あー、いまインターンに通ってて。いまその帰り」 「インターン!」    企業での実務体験があるとか大学で募集していたことを僕は思い出した。そういえば斎藤はIT企業を志望しているんだっけか。 「なに、その顔」 「いや、本気なんだなぁって」 「本気に決まってんじゃん。私たちもう三年生だよ?」  『私たち』と斎藤は言った。つまり、僕も三年生だ。Tシャツとハーフパンツでコンビニをうろつく僕も三年生だ。  目の前にいる圧倒的な距離感がある気がした。なんだか背中の汗が冷たく感じられた。コンビニの冷房は効きすぎだ。 「里依紗(りいさ)もアナウンススクールで忙しいらしいよね?」  ふいに出た元カノの名前に僕の意識が揺らぐ。  斎藤は僕と彼女が別れたことを知らないのか。  いやそんなことよりも彼女はアナウンススクールに通ってるのか。ずっとなりたいと言っていたのは知っている。ウチの大学からも数年に一人出る。いまも彼女は真剣に女子アナを目指しているのか。  あれ、僕はいま何をしてるんだっけ? いま夜だっけ? 何月だっけ? まだ夏じゃなかったっけ?  僕は自分を導く引力を失ってから、何もかもから置いていかれているのだと知った。
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